かやぶき屋根の葺き替え   2007年7月16日

 長野市川中島町の北国街道沿いに現在も藁葺き屋根の家が残っている。これは一級建築士町田長治さんの自宅兼事務所である。私の知る限り北国街道はもとより、長野市の市街地中を見渡しても、現役の藁葺き屋根の家はここしかない。時々藁の上からトタンで覆った家は見かけるが、それもほとんどなくなってしまった。それだけに、町田さんの仕事は貴重である。
 町田さんはこの屋根にこだわって一人で屋根ふきを始めた。以前は屋根ふき職人がいたのだが、老齢で仕事ができなくなった。遠方から職人を呼ぶには莫大な金もかかる。そこで自らが屋根を葺くことにしたそうだ。仕事の手順や方法はこれまでも屋根ふきを手伝っていたのでおおよそは分かっていたそうだが、細かいところは老齢の職人のところに日参して教わりながらすすめているという。

 始めたのは2年前だったのだが、途中まですすめたところで他の仕事が入って中断した。屋根には青いシートをかぶせてあったので、道路を走る車からはよく目についた。最近、仕事が一段落し、再び屋根の修復に取り掛かったので、その様子を記録しようと思い、写真を撮っている。 (隣が空き地になっているのでうまい具合に全体写真が撮れるが、近いうちに家が建つので屋根全体を写すことはできなくなりそうだ)

 まずは、古くなったわらを取り除くのだが、表層の藁の下には建築当時からの煤や塵があり、それを取り除くのが大変だったようだ。江戸時代から積もっていたのだから、一尺四方から出る煤の量がバケツ一杯あったそうだ。藁は縄で縛りつけてあったが、大部分は蒸れてぼろぼろになっていた。上のほうは煙のおかげでまっ黒になりながらもしっかりとしていたそうだ。
 萱は千曲川の河原から刈ってくる。それを乾燥させ、束ねて、屋根ふきに使うのだそうだ。

    この土地が売れて間もなく家が建つ        屋根ふきをしている町田さん(萱を並べている)

 実を言うと、当美術館はこの町田長治さんに設計をお願いして建てたのだ。彼との長いお付き合いと、建築に対する考え方に共感するものがあったからである。それだけに、彼の仕事を応援したいのだが、実質的な応援は何一つできず、口先だけで「しっかりやってくれ」といっているだけなのが後ろめたい。せめて、この貴重な仕事を多くの人に知ってもらいたいと思い、ここに掲載した。

 川中島の街並みは毎年古い面影を消しつつある。跡継ぎがここを離れるのと、新しい住人が古い建物を嫌い、便利な建物を作りたがるからである。若いときは気がつかないが、年をとるにしたがって、古いもののよさがわかるようになるのだが、そのときは「時既に遅し」である。そんな中で町田さんは実にユニークな考えをお持ちの建築家だと思って心から尊敬している。

BACK NEXT 通信一覧