良寛禅師琵琶伝 中村鶴城 6月23日 中村鶴城師の琵琶伝を聴きにトッパンホールに行ってきた。 中村鶴城師は毎年6月にトッパンホールで琵琶のリサイタルを開いてきた。今年も同じ会場で開いたのだが、今年は「リサイタル」と言わないで「琵琶伝」としたことについて次のように書いている。 「鎌倉時代の絵巻に、『一遍上人絵伝』という傑作があります。一遍上人の教化遍歴を絵と詞書によって表したものです。良寛の創作に打ち込んでいたとき、ふと何気なく、この絵伝のことが思い起こされ、「絵伝というものがあるなら、琵琶伝があってもいい」と思いました。それを琵琶語りに置き換えてみるとー物語の展開は、現代語による朗読を基調とすることによって理解してもらい、その中に従来の文語の琵琶歌を織り込めばいいのではないか。つまり、叙事性を得意とする朗読と、叙情性を得意とする琵琶歌という音楽を組み合わせる。そうすれば、相互に補い合いながら変化も生まれ、琵琶歌の魅力を残しつつ、しかも伝えたいメッセージを十分盛り込んで物語を語れるのではないか。『良寛禅師琵琶伝』は、良寛の生涯を、現代語による朗読と、文語による古典的な琵琶歌によって、解りやすく、しかも詩情豊かに綴ることを試みるものです。」 このように書かれていることでも分かるように、今回の公演は大変分かりやすいものだった。 内容は次の五段から成っている。 @ 虎岸ヶ丘のわかれ(出生から22歳まで) A 一衣一鉢の道者(22歳で出家し34歳まで) B 真の人(39歳でふるさとに帰り69歳まで) C 拈華微妙の恋(69歳で貞心尼に出会ってから73歳まで) D 野辺の送り(74歳で没) 各段とも最初は琵琶歌で始まる。 良寛の歌で始まるとき、鶴城師の詩で始まるときといろいろだが歌から始まり、語りへと移っていった。
語りが入ることにより、私には聞きやすくなり、琵琶に対する親しみが湧いてきただけでなく、歌の部分が集中して聴けたような気がする。 鶴城師は毎年新しい試みに挑戦し、新しい境地を切り開いている。これは並みの努力ではできない試みで、私は本当に頭が下がる。ところが、このようなすごい日本楽曲の作曲者・演奏者であるにもかかわらず、放送などでは取り上げられないのが残念でたまらない。 |
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