「小海に生きた作家たち」を観る    2007年5月27日

小海町高原美術館から「小海に生きた作家たち」展のポスターが送られてきた。なかなかセンスのいいポスターだったので食堂に貼っておいた。ポスターに描かれていた3人の作品がなかなかよかった。3人とは井出陽一郎、小池又兵衛、油井正次である。

小さな町なのにこれだけ優れた作品を描いた作家がいたということに驚き、是非いきたいと思っていた。インターネットでこの美術展を開いたら次のような記事があった。


 小海町高原美術館では、開館10周年を記念し、初めてとなる、小海町の物故作家を紹介する展覧会「郷土の作家展 小海に生きた作家たち」を開催いたします。本展では、明治後期から平成までのほぼ同時代を生きた、井出陽一郎(1911−1983)、小池又兵衛(1915−1995)、油井正次(1908−1998)の3名を取り上げます。各作家は、小海町に生まれ、それぞれの視点で制作を行いました。豊かな自然に向き合い、あるいは、時代の大きなうねりの中で、社会と対峙し作品に思いを込めています。井出陽一郎は、上京し、太平洋画会研究所に学び、協会展に初入選、翌年設立された独立美術協会第1回展から入選を続け、中山巍に師事します。帰郷し、昭和電工小海工場に勤め、退職後、再び独立展に入選を重ねます。その後同志と佐久美術協会をつくり、長野県展にも入選を重ねます。労働者、静物、風景、女性像等の主題を様々な表現技法を用い油彩で表現しています。時に作家の強い情念をそこに見ることができます。小池又兵衛は、昭和電工小海工場に勤務、召集され、終戦後にシベリア抑留で重傷を負い復員、療養生活の中で水彩や油彩を描き、6回長野県展展に初入選、以後、一陽展等に入選。60年代から木版画を制作し、一陽展や信州版画協会展等に牧場の山羊や綿羊、牛などを主題とした作品を出品しました。素朴な主題を扱いながらも愛情に満ちた情景が独自のフォルムと構図で表現されています。油井正次は、家業の染物店を継ぐ傍ら、油彩そして、木版画に取り組みました。主に佐久地方に取材し、根を張って生きている力強い農民の姿や、反核、ダム反対闘争など、時代に生きた人々の姿を平和への願いとともに描いています。日本アンデパンダン展に連続22回出品し発表をしています。平和への強烈なメッセージは、緻密に計画された白黒の木版画に表れ、多色刷木版画は油井が愛した郷土の風景を奥深く表現しています。展覧会では、各作家の画業を検証し、それぞれの表現やメッセージを通じて、彼らの願いと愛した郷土への思いに触れます。

 たまたまこの日時間が空いたので車を飛ばして小海をめざした。
 この美術館は安藤忠雄の設計になる建物で一時話題になったことがある。私も興味があったのでいつか行ってみたいとはかねてから思っていたが、実現できて念願がかなった思いである。建物はそれほど大きくは無いが、回廊式の廊下から八ヶ岳が見えるように工夫されており、気持ちよい美術館であった。

 小池又兵衛さんの作品はほとんどがヤギを描いたもので、技法は油、版画が主体だった。よい作品もあったが、あまりにもヤギ尽くしで、マンネリ気味だったように思う。私はポスターにあったヤギを追っている作品が気に入った。

       小池又兵衛 山羊と雲  木版画

 油井正次さんの作品はたくさんあっただけでなく、資料も豊富に準備され充実していた。
木版画はもちろんデッサンもあり当時の雑誌やパンフレットも展示されており、見ごたえがあった。ここに展示された作品は油井さんの生家からお借りしたとかかれていたので、生家では正次さんの作品や資料を大切に保存されていたことがよくわかった。
 油井正次さんとは1986年に長野市で「上野誠木版画展」から知遇を得、それ以来美術館を作るにあたっても何かとお世話になった。残念ながら、美術館が完成する前にお亡くなりになってしまったが、上野誠の版画運動の同志としての一端がうかがえて感慨無量であった。

油井正次 立ち話 1992 木版画

 井出陽一郎さんの作品はすべて油彩画で大作だった。ポスターでも想像できたのだが、内容も技法も優れた作品で感動した。風景ではなく人物を描いておりそれも肖像画のようなものでなく行動している(労働)人物であることに共感した。

井出陽一郎  雪の日 1937 油彩


「止まらずに先へ進んで下さい」とそんなものかよ「受胎告知」は  (長野) 海野弘子


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