一斉地方選結果について       2007年6月20日

 今頃になって地方選について考えるのは時期遅れもはなはだしいのだが、一度は考えておこうと思うので、ここに書き込むことにする。

1,長野県の結果

地区 候補者名 得票数 得票率 前回候補者 得票数 得票率
長野 石坂千穂 12,754 15% 石坂千穂 16,858 16%
和田あき子 10,812 堀内瑛 8,737
須坂・上高井 竹内勉 3,894 14%
上田・小県 高村京子 18,260 28% 高村京子 16,040 30%
佐久 藤岡義英 9,997 15%
駒ヶ根 林泰文(無) 8,345 44% 林泰文 9,310 51%
松本 藤沢詮子 11,992 13% 藤沢詮子 13,731 16%
岡谷・下諏訪 毛利栄子 12,666 34% 毛利栄子 6,951 24%
塩尻 備前光正 8,436 28% 備前光正 7,857 28%
上伊那 小林伸陽 12,073 25% 小林伸陽 11,051 17%
飯田 大坪勇 8,221 15% 松村 9,235 17%

 田中康夫知事が誕生した前回の県議選で共産党は大幅に前進し、6名が当選した。無所属の林泰文さんも共産党員であるから、議員数は一気に伸びた。
 今回の選挙で日本共産党の議員数は7名になり史上最高になった。林さんが落選したのは残念ではあるが、2人区で44%の得票は大健闘だ。

2、共産党は躍進したが薄氷の勝利であった。

 二人区・三人区を含めこれだけの人が当選したことは一昔前には全く考えられないことであった。すごいの一言に尽きるのだが、それだけにぎりぎりの勝利であった。2人区で1位当選した毛利栄子さんは200票少なければ落選していた。前回より得票率を10%上げてぎりぎりの勝利だったことを考えると今回の結果は薄氷の勝利だと言える。
 長野市は2名当選に沸いたが、内訳を見ると、投票率も投票総数も減っている。冷静に見るならば票割の失敗をしなかったということだ。松本の投票率13%も気になるところである。
 一方、落選はしたものの健闘した選挙区がいくつかあったのも特徴である。あとほんのわずかまで追い上げた佐久の藤岡さんや駒ヶ根の林さん、飯田の大坪さん、須坂の竹内さんも得票率で見るなら当選してもおかしくないだけの戦いをしていた。

3、勝利の原因

 私は今回の勝利の要因を以下のように考えている。
@ 田中知事の政策を基本的には支持しながらも時々に問題点を指摘しながら行動してきた県議団の活動が素晴らしかった。また、共産党が県知事選挙で田中康夫を支持して戦ったことが今回の支持にもつながった。この活動が、とかくすると「共産党は批判ばかりしていて自分では何もしないし出来ない」と言われてきた共産党に対する見方を大きく変えてきたように思う。県議団が全県でおこなった県政報告会は共産党(県議団)の力を多くの県民に知らせるという意味でも非常に有効であった。例えばダム問題、高校学区制問題など。

A 支持者が奮闘したことはもちろんだが最後の段階での頑張りが、ぎりぎりの勝利につながった。(しらかば法律事務所の毛利弁護士のホームページ参照) また、長野、佐久などにおける若者の生き生きした奮闘が今回の大きな特長だったように思う。

4、全国の結果

 全国統一地方選挙での共産党議員は前回の110名から102名に減っている。(赤旗)
 私はそれまでのいくつかの地方選挙をみて、今回の選挙では共産党躍進だと予想していた。ところが、躍進どころか減少ではないか。愛知での県議0をはじめ、多くの県で議員が減少している。特に大都市での現象が目だった。
 兵庫では8から5に、福岡・埼玉では4から1に、北海道も4から2に、高知も6から4に減っている。目だって増えているのは奈良県の3から5と三重県の0から2ぐらいである。長野県のような前進は極めてまれであり、全国では例外のように見える。よくよく分析する必要があるだろう。そこに教訓があるはずだ。
 全国を見ると地方選でも得票率が10,5%−8,7%−7,6%と減少し続けていることがわかる。

 共産党以外の政党では自民党が1309から1212へと大幅に減少し、民主党が205から375へと躍進している。といっても分母が小さいので相対的に見ると躍進といえるかどうかは微妙だろう。公明党は178から181へやや増えている。社民党は73から52へ激減している。

 全国の傾向は2大政党への動きが強まっている。また、共産党や社民党が伸び悩んでいるのも明らかである。

 共産党中央の総括ではそこのところがよくわからない。総括のパターンは概要以下のようなものだ。
@ 選挙の結果は善戦 ・健闘であった。
A 我々の政策は国民の要求に根ざしたもので住民の願いとかみ合い、政治論選をリードした。また、共産党こそが唯一の野党であることを訴え共産党の値打ちを際立たせ、反共シフトや「二大政党」づくりの動きとたたかった。
C 勝敗の分かれ目は「選挙戦の激しさと厳しさを直視し、どの党にも負けない政治的構えを確立し、とりくみをおこなう」「得票目標の実現に執念を燃やし、本気の構えで戦いをやりぬく」ことが出来たかどうかであった。

 このような総括は既にかなり以前から繰り返しおこなわれ、パターン化しており、総括が出る前に、ほとんど同じ内容をいえるようになってしまった。(私がそれに気づいたのは前々回の参議院選挙からで、そのことはこの通信に書いている)

 この総括を読む限り選挙の勝敗は選挙を闘った現場の心構えにあるといっているように見える。だが、本当にそうなのだろうか。共産党の選挙をしている人で「選挙が厳しくない」などと思っている人間は一人もいないのではないだろうか。また、すべての共産党員と支持者が「執念を燃やし、本気の構えで戦いをやりぬく」ことは望ましいことではあっても、現実にはあり得ないだろう。「自ら決めた得票目標に執念を持つ」ということばもあるが、最初から当選の見込みが限りなくゼロに近い選挙区の人は「執念を持って取り組め」といわれても思うようにいかないのは当然ではないかと思うのだ。

 このような安易きわまる総括をしていたのではいつまでたっても前進しないのではないかと危惧している。

5、東京都知事選挙をどう見るか

 県議選と並行する形で東京都知事選が闘われたのも今回の特徴だった。
 石原都政をどう評価するか、民主都政を打ち立てるにはどうしたらよいかが問われた選挙だったと思う。 知事選挙前共産党は知事の公私混同の予算支出や超豪華な海外旅行の実態を明らかにして石原都政を糾弾した。共産党は都政に「風をふかせた」と言えるだろう。その効果は一定程度発揮され、石原の知事選挙での発言も今までとは違うものになった。候補者も前足立区長の吉田万三さんをいち早くたてた。

 このような共産党の動きがあった一方、石原都政を何としても倒したいという願いを持った多くの都民は反石原の統一を願ってさまざまな動きを見せた。
 市民団体が各政党(代表)と吉田万三さんを招き都知事選に対する戦い方を聞き、統一の可否を探ったり、反石原と目される政党に統一することを呼びかける動きがあった。特に、日の丸・君が代問題で石原と闘った都立高校の保護者を中心にした市民が浅野史郎を担ぎ出したが、この動きは澤地久枝さんたち女性グループやきくちゆみさんら「平和の風」の一部なども巻きこみ、かなりの動きになった。
 民主党は当初は何人かの独自候補を出そうとした。菅直人、海沼万里などの名前が出たり消えたりした。最終的には独自候補は出さず浅野史郎を支持したが、党内はまとまらず、一部は石原を支持したようだ。
 浅野史郎氏は周りの様子をじっとうかがって、出馬のタイミングを探っていたが、民主党の推薦でなく、市民団体の推薦を受けて立候補したような演出をした。ただ、それが見え見えだった。

 このような動きの中で共産党は浅野出馬の直前、「浅野氏は自民党以上自民党的だ」という志位談話を出して統一があり得ないことを明らかにした。その根拠は浅野氏が宮城県知事時代におこなった県政は掛け声とは違って福祉優先ではなく大企業本位のものであった、というものだった。また、都議会における民主党はオール与党の一部であって、海外旅行にも公私混同の都政運営にも賛成したのに、今更対立すかのようなポーズをするのは本質を隠した方針であることは明らかだと批判した。
 
 この方針は「共産党は浅野氏や民主党と組むよりも負けても独自に闘うほうがいい」ということを宣言したと同じであった。

 日ごろ共産党を支持している私だが、この方針には反対だった。吉田氏と浅野氏の政策を比べると吉田氏の政策が段違いに優れていることは認めるが、石原を破るには反石原陣営が統一する以外に道がないことは明らかだった。だとするならば、不十分であっても浅野に統一することが必要だったではないか。

 浅野知事が実現しても石原知事と何も変わらないというのは現実から目をそらした独りよがりに過ぎない。石原知事の権力むき出しの体質、核武装容認論、外国人に対する露骨な差別発言、日の丸・君が代強要などは浅野氏とは明らかに違う。宮城県知事時代を見ても情報公開をすすめたり、警察の裏帳簿を問題にするなど支持できる実績もいくつか見られた。だとすると石原「よりまし」ではないだろうか。
 ただ、共産党が「たとえ統一したとしても浅野では勝てない」ことを読んだ上で統一しない道を選んだ可能性もあるかもしれないが、それは私には判らない。
 
 それを思うと長野知事選、沖縄知事選で破れたことの重大性と自分なりの責任をひしひしと感じている。もしも、長野や沖縄で統一候補が勝利していれば、あるいは東京での統一ができたのかもしれない、などと考えている。

 選挙戦の結果は石原が3選され浅野氏と吉田氏は共倒れした。といっても、両者の票を足しても石原票に及ばなかった。選挙中は吉田陣営は石原攻撃と浅野攻撃を行い、浅野陣営も石原攻撃と吉田攻撃をしたといわれている。これでは石原に負けて当然だろう。

6、「たしかな野党」路線では共産党はジリ貧になるのではないか。

 共産党の「たしかな野党」というスローガンは「共産党以外の野党はたしかでない野党だから当てにならない」ということだから野党の統一戦線を否定したスローガンのように見える。
 だが、よりましな国政・県政・都政をつくるという視点から見れば、この方針は現状の政権を維持させるのに役立ち、靖国史観に立つ政権(小泉、安倍、石原)の維持に寄与しているようにみえる。すでにブログやホームページ上ではそのような主張がされており「共産党のおかげで勝たせてもらった」などの書き込みも一度ならず目にしている。

 統一戦線といえばヨーロッパにおける反ファッショ統一戦線や中国の抗日救国統一戦線があり、いずれも共産党が提起して実現させた。反ファッショ統一戦線はそれまで味方と認めなかった社民勢力との統一を実現させナチスに勝利した。抗日救国統一戦線はそれまで敵として戦っていた蒋介石軍との統一を実現し、日本に勝利した。
 もとからの味方を結集するのも統一戦線と言えるかもしれないが、いままで味方と認めていなかった勢力と手を組んで、より強力な相手と闘うことに大きな意味があり、「反ファッショ統一戦線」や「抗日救国統一戦線」はその典型であった。

 現在わが国は戦後最大の危機に見舞われている。つまり、憲法体制(平和主義、基本的人権、主権在民)、(地方自治、議会主義)を根本からひっくり返そうという動きが強まっている。日本国憲法体制とは憲法9条だけの問題ではなく、「国家は個人のために存在する」体制から「個人は国家のために存在する」体制へと変化させることも意味している。つまり、いままで当然とされてきた民主主義が根底からひっくり返ると言う意味で、これまでの危機とは比べ物にならない危機が迫っている。
 こういう時こそ、お互いに相容れないことがあっても「小異を捨てて大同に立つ」ことが必要だと思うのである。

 日本共産党も今までに統一戦線政府の提起をしたことがある。安保闘争後「選挙管理内閣」を提唱したし、ロッキード事件後にも利権と縁を切る政権の提起をした。当時の状況と比べてはるかに危険度が高いとき、よりましな政権樹立のための方針を打ち出してもらいたいものである。
 


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