内山節「風土と哲学」を読む 
     2007年7月2日

 信濃毎日新聞に内山節氏が「風土と哲学」という連載記事を書いている。その20回
「今日の状況超えるために」を読み考えさせられた。

 「日本人は個が確立していない」と聞かされてきたが、そのように言われた原因は『戦後の日本がもっていたふたつの背景があったのだと思う』と書いている。二つのうちの一つは日本の敗戦であり、それについて次のように述べている。(二つのうちの一つは分かるのだが、もうひとつはよく分からない)

 『はっきり述べてしまえば、侵略戦争は悪である。なぜならそれは軍事力で他民族を支配し、その社会の歴史や文化を破壊しながら、自国の利益を確保するためにおこなわれるのであり、支配される側の人々は被害者にならざるをえない。ところが帝国主義戦争は、それをおこなったどちらの側も悪なのである。つまり、日本だけが一方的に悪なわけではない。アメリカもイギリスも悪であり、どちらにも戦争責任がある。ところが現実には、この二つの戦争が一体化して昭和の戦争として展開し、日本はアメリカに敗北するかたちでこのふたつの戦争を終焉させた。しかも帝国主義戦争においては、つねに勝ったほうが正義として振るまう。日本はアメリカによって裁かれるという立場にたたされた。そしてこのかたちを正当化するために、昭和の戦争がファシズム対民主主義の戦いだったとされ、日本はこの論理を受け入れることによって戦後を出発させることになる。』

 内山氏によると「昭和の戦争」は二つの側面があり、ひとつは日本によるアジアの国々への侵略戦争であり、もうひとつはアメリカ・イギリスなどと日本などとの帝国主義戦争であった。ところが戦後の日本はこの戦争の性格をファシズム対民主主義の戦いと規定したアメリカの考えに従った。その結果『第一になぜ日本が侵略戦争を重ねていったのかを、日本人自身の手で明確にし、責任を明らかにする努力を欠くことになった。第二に主として日米戦争として展開した帝国主義戦争の本質を明らかにし、この戦争に対する日米双方の責任を追及する努力も欠いてしまった』」のである。

 昭和の戦争には二つの側面があったという内山氏の意見は大変興味ある意見ではあるが、よく分からない面もある。第1の側面「日本によるアジアの国々への侵略戦争」は全く異議ないのであるが第2の側面の「アメリカ・イギリスなどと日本などとの帝国主義戦争であった」という規定には全面的には賛同できない。

 第1次世界大戦におけるドイツなどとイギリス・フランスなどとの戦いは帝国主義戦争であったのは間違いないと思うのだが、第2次大戦におけるアメリカ・イギリスの対ドイツ・日本の戦いを帝国主義戦争と規定するには無理があるように思う。それはヴェルサイユ条約とポツダム宣言の違いでもあるが、戦後アメリカやイギリスは中国や台湾・朝鮮を植民地にすることは無かったし、日本に報復的な賠償を課すことも無かった。その点第1次大戦とのちがいも明らかだと思う。もちろん、内山さんが述べているように、帝国主義戦争の側面が無かったかと言うとそんなことはなく、アメリカによる沖縄の占領だとか、アメリカ・ソ連による朝鮮の分割統治などは帝国主義戦争の側面だったと思われる。だから、そういう側面もあったことは分かるのだが、二つの側面を持った戦争だったと言われると疑問がある。

 内山さんは戦争の性格を「ファシズム対民主主義の戦い」と規定したため「なぜ日本が侵略戦争を重ねていったのかを、日本人自身の手で明確にし、責任を明らかにする努力を欠くことになった」と書いているが、私はそうは思はない。仮に、二つの性格をはっきりさせていたとしてもわが国(日本人)は戦争責任を追及していたかどうかは疑問だと思う。なぜならば、第二次世界大戦(昭和の戦争)に反対した日本人の勢力はほとんど無かったに等しく、大多数はポツダム宣言の受諾を自身の敗北と受け止めていたのである。

 堀田善衛の「海鳴りの底から」には敗戦の日の皇居前広場の様子が書いてあるが、ここにいる人は土下座して天皇に謝っている姿だし、それを書いている堀田の姿勢も戦争が終わったことを第三者としてみているので、自分が勝利したという感覚とは程遠い。中野重治の本を読んでも敗戦を自分の勝利だとは受け止めていない。それは彼等(日本の民主勢力)が闘っていなかったのだから、日本の敗戦を自分の勝利として受け止められなかったのは当然でもあったのだ。

 したがって、「なぜ日本が侵略戦争を重ねていったのかを、日本人自身の手で明確にし、責任を明らかにする努力を欠くことになった」のは「昭和の戦争」の規定の仕方や「個の確立がなかった」ことに原因があるのではなく、中国・朝鮮をはじめとするアジア諸国への侵略に反対する日本人の闘いがなかったことに原因があったのだ、と私は思う。「なぜ、闘いがなかったのか」と言うと、闘いの主力勢力が根こそぎ弾圧されたことだと思うが、なぜ、根こそぎ弾圧されてしまったのかについては私なりの考えがある、けれど、ここには書かない。

 今までに、アメリカやイギリスに対する責任を問う議論はいくつかあった。例えばヒロシマやナガサキへの原子爆弾投下、沖縄の占領、朝鮮半島の分割支配等などである。アメリカの日本への経済封鎖が新興日本により植民地を犯されることへの帝国主義的反発であったことも議論されてきた。

 中国や朝鮮に対する侵略を問題にする論議も山ほどされてきたのだが、内山さんはそれを知らなかったのだろうか。それとも、内山さんが問題にしているのは日本の政府やその同調者のことを指しているのだろうか。


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