21回参議選結果について 2007年8月4日

参議選が終った。

結果は民主党大勝利、自民党惨敗、公明党敗北、共産・社民党敗北と言うものだった。

自民党

民主党

公明党

共産党

社民党

国民新党

新党日本

無所属

合計

改選前

64

32

12

5

3

2

0

1

119

改選後

37

60

9

3

2

2

1

7

121

私は、全国選挙は共産(社民)党にとって厳しいとかねてから思っていたが、予想以上厳しい結果となった。

予想以上というのは、選挙前に政府与党が次々にミスを重ねたことや共産党も自衛隊のスパイ問題を暴露したり、閣僚の事務所費用問題を明らかにし、自らの力で風を吹かせたので、ことによったら5議席(4+1)取れるのではないかということも考えた。ところが、結果は予想をはるかに上回る厳しいものになった。

以前なら今回のような与党の失政があったときは、共産党は躍進した。橋本内閣が消費税を引き上げたときには共産党は選挙区7議席、比例区8議席を獲得した。ところが今回は、それ以上の風が吹いたにもかかわらず、50年間議席を持ち続けた東京でさえも大差で落選した。

原因ははっきりしている。有権者は安倍与党の自民・公明を政権から下ろしたかったのだ。そのためには共産党でなく民主党に投票することが有効だと考えたのだ。

共産党は「現4議席ある議席を5にすれば党首討論が出来る」「6にすれば議案が提出できる」と訴えたが、有権者は乗ってこなかった。有権者は共産党が党首討論に参加することより、安倍首相をやめさせたいと考えたのではなかろうか。そのためには共産党が1〜2議席増えるより民主党に投票し、自民党と逆転したほうが有効だと思ったのだろう。

他党との共闘を拒否する共産党では政権交代の可能性がなくなることを危惧し、今まで共産党に投票し続けてきた何人かの活動家は「他党に投票した」とブログに書いている。

全国選挙が厳しいと予想した根拠は下の表を見れば分かるように、共産党の得票が毎回落ちてきているからであった。

参議選での共産党の比例票の移り変わり

選挙区議席

比例区議席

投票率

比例区総得票数

党名得票数

得票率

18回参議選(1998

819.5

14.60%

19回参議選(2001)

56,42

4,329,210

4,065,047

7,91%

20回参議選(2004)

56,54

4,362,574

3,782,176

7,80%

21回参議選(2007)

58,63

4,407,937

3,931,542

7,48%

2003年以降、全国選挙の各党の比例票の変化

自民党

民主党

公明党

共産党

社民党

2003()

2166万票

2209

873

459

303

2004()

1680

2114

862

436

299

2005()

2588

2154

899

492

372

2007()

1654

2326

776

441

263

今回も厳しくなるだろうと予想をしたのは、議席・得票率が落ちてきているにもかかわらず、選挙の総括が2003年以降毎回ほとんど同じパターンでおこなわれてきたことに危機感を持っており、これではジリ貧になるに違いないと思ったからである。

2003年以降毎回ほとんど同じパターン」と書いたのは大筋以下のようなことをさしている。(選挙直後に出された「選挙結果について」)

1、      選挙結果の報告と感謝(お詫び)のことば

2、      わが党が選挙に臨んだ方針は正しく、訴えや政策は国民の願いを受け止め、要求とか   み合っていた。

3、      財界やマスコミが総力を挙げて二大政党制を宣伝したため、わが党に来るべき票が他(  民主)党に流れた。

4、      他党に流れた原因は「他の野党とたしかな野党である共産党との違いを国民に伝える  ことが弱かった」こと、及び「訴えるべき党の主体的な力が弱かったこと」にある。

5、      従って、「わが党こそが悪政の受け皿になり得ること」(たしかな野党)を訴えること  と「党の力をつけること」(党勢拡大)によって選挙の勝利をかちとるため頑張りたい。

というものであった。

選挙が始まる前から次の選挙総括の内容が予想され、ほとんど間違いなく当たるということは、総括が安易であり、形式化していた証拠だと思い、私は全国選挙には大きな危機感を持っていた。

 新聞やテレビはもとより、雑誌などに載る選挙総括は「選挙結果」と同時に結果の持つ意
味について書い
ている。例えば総選挙で小泉が大勝利をしたときは「これで小泉は思ったとおりに政局を進めるだろう」とか「国民が改革を支持した結果、いわゆる改革が進み、格差社会がいっそう広がるだろう」とか「憲法問題は争点にしなかったが、改憲の動きが増すだろう」などという論評がされた。また、総理大臣(自民党総裁)が圧倒的な力を持ったため、自民党は中央に反対することが困難になり、派閥の力は衰えた。そのため、今まで持っていた懐の深さはなくなるのではないか」などの観測も出されていた。

ところが、共産党の「選挙結果について」には選挙結果のもつ意味については全く書かれていなかった。書かれていたのは上に書いたような「共産党の闘い方の評価と課題」だけであった。このことに違和感を持ち、何人かにそれを聞いてみたことがあった。共産党の幹部に聞いたこともあったが、はっきりした回答は無かった。

私は6年前から共産党の県会議員・市会議員のブログをほとんど欠かさず読んできたが、読むたびに頭が下がったのは、彼等・彼女らは本当に頑張っていることであった。そのことがブログを通してひしひしと伝わってきたのである。

 朝は駅前に立って街頭宣伝をし、昼間は支部の人と支持者や紹介された人を訪問し、政策を訴えた。政策と同時に共産党の姿や自分を語り、党の姿を知ってもらうため必死だった。また、訴えながら赤旗新聞を増やしていることもよくわかった。夜になると集会に出席して議会報告をしたり、学習したり、懇談していた。そのような活動をしながら、議会の質問を考え、仲間で練り上げて、議会に臨んでいた。こういう活動を6年間ほとんど毎日続けているのを見て、私は本当に頭が下がった。

ブログで見る議員や幹部の多くは、先に書いた共産党の方針を真正面から受け止めて、まっしぐらに突き進んでいたように見えた。もちろん、これがすべての共産党員の姿ではないことは分かっているし、それはどの組織でも当たり前のことだと思う。しかし、個人差はあるにしても大方はまじめに方針を実践していたのではないだろうか。しかも、これは長野県だけの特殊な例ではなく、全国で同じようなことを実践しているのだと想像できる。

数千人の議員、数十万人の共産党員が先のような方針をまじめに実践した結果「たしかな野党」というスローガンは日本中に知られるようになり、共産党は「不確かな野党(民主党や社民党)との選挙協力には応じない」ことや「民主党が政権をとってもよりましにはならない」と主張していることを多くの国民が知るようになった。少なくとも今まで共産党を支持してきた人やその周りの人にはほぼ徹底できたように思う。

また、インターネット上でも、共産党は「護憲勢力の参議選での共闘を進めている市民運動に反対している」ことが両者の原文を引用して繰り返し流された。(インターネットだと原文の引用はまことに簡単である)

中央委員会での「民主党は自民党よりましとはいえない」という報告や東京都知事選に臨んでの「浅野氏は自民党以上自民党的だ」という志位談話で、この方針が具体化・実践化され、東京都知事選は吉田、浅野が分裂して石原に挑み、敗北するという結果になったことはよく知られている通りである。

 50年間守り通した東京選挙区で共産党候補が大差で敗れたこととこの方針が無関係だとは思えない。


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