北原大仏の謎にいどむ     2007年12月18日

 すでに何回か書いてきたことを含め、改めて北原大仏について整理してみたい。

1,北原大仏とは
北原大仏は長野市川中島町今井(北原)にある「阿弥陀如来像」を指す。地元では「延命大仏」と呼んでいいる。
    北原延命大仏殿          左・大仏、右・子育て地蔵     大仏(阿弥陀如来)

高さは一丈余(3メートル)で乾漆仏であるが、頭部は木彫であることがわかった。このように頭部と胴体部分が別のつくり担っている像は極めて珍しい。印相は上品上生といって  このような形に組んでいる。仏像の大きさでは県下一だといわれている。
制作年はわかっていないが寛政年間ではないかと伝えられている。古老の話では寛政4年に江戸で「大輪坊」によって作られ、信州に運ばれたそうだ。
阿弥陀仏の開眼法要は寛政12年に行われた。当初、阿弥陀堂は北原薬師堂の北国街道沿い(現在の天満宮脇)にあった。

2,大仏の変遷
@、寛政年間に最初江戸で作られた。
A、大仏は、道々法要を営み、喜捨を仰ぎながらこの地に運ばれたと伝えられている。
B、北原薬師堂に安置された大仏は、善光寺参りの人に参拝された。(「善光寺道名所図会」巻四)


C、明治になって「無檀無住の寺院庵堂の廃止」通達を受け近隣寺院に受け入れを打診したが、受け手がなく今井の切勝寺に預け入れた。
   大仏が切勝寺に移転されるとき、一緒に祭られていた六地蔵は御厨の常泉寺に移転した。石造りの常夜灯が二基あったが、これは現在も大仏殿入り口にある。また、阿弥陀堂には木彫りの観音像が百体祭られていたが、これは北原の各戸に配られた。当時北原の戸数は九十数軒だったので、余った数体は世話役をしていた町田さんが預かって、後から北原に移住してきた家に配ったそうである。この観音は西国33箇所、秩父34箇所、坂東33箇所、合計百箇寺を回って集めたお札に描かれた観音像を基に作られた。


百観音の元になっているお札の巻物
 
現在残されている観音像は11軒に残っている。また、少なくとも一体は火事で消失し二体は仏壇を新調した際処分したことがわかっている。まだ調査が終わっていないがあと数体は残っているだろう。写真に撮れた像は10体ある。
D、昭和24年北原区民の要望で大仏殿が現在地に建立され、同年11月切勝寺から北原に運ばれて今日に至っている。

3,北原大仏の謎
@、いつ作られたのか。
「寛政4年に江戸において大輪坊が入手した」と伝えられているが、根拠がわからない。「昭和小学校百年史」によると大仏は鎌倉時代作とあるし、切勝寺の元住職の塚原淑雄氏によれば「慶長年間、大輪坊という僧が江戸において彼の大仏尊の勧請するの便宜を得て、各宿駅の信者の喜捨協力を受け、その盛儀さはいまだに語り草になっている」と書いている。鎌倉時代の作ということについては平成4年長野市教育委員会文化財課の調査により否定され、江戸寛政年間の作だとされている。だが、この調査の中心になった仏像研究専門家の相原文哉氏に聞いたところでは「寛政年間の作」というのはほぼ妥当ではあるが資料がないので造られた時期を特定することはできないとのことであった。

A、大輪坊とはいかなる人物なのだろうか。
大仏は大輪坊という僧が入手したとされているが、資料はない。発注者の大輪坊という僧についても記録がないのでどんな僧なのかわからない。北原共同墓地に大輪坊の墓(大輪墳)があり、そこに文化元年没と書かれているので、この地で亡くなったことがわかるのみである。

    大輪坊の墓   大輪坊の位牌(左の像弘法太子像で無関係です)

B、どこで作ったのか
江戸で建造されたといわれているが、江戸のどこなのか資料がないからわからない。手がかりとなるのは現在大仏殿入り口のある常夜灯が「武州石神井」「武州川越在」の商人から寄進されていることである。

C、何のために造ったのか
これも資料がないので一切不明である。これだけ大きな阿弥陀仏であるから、建造するにはそれだけの理由があるはずである。

D、どうやって運んだのか
江戸で造った大仏を信州の北原までどうやって運んだのかも疑問である。あれだけのものを運ぶには莫大な資金と労力を必要とするはずである。それだけではなく、乾漆仏を江戸から信州まで移動させることは無理ではないかと思われる。仏像の枠組みは簡単なもので、これを遠距離移動すると壊れてしまうだろう。仮に大きな大仏を運んだとしたらその記録があるはずである。通過した関所の文書に記録があるかもしれないが、それは見つけていないので今後の課題である。

E、なぜ北原にあるのか
北原に阿弥陀堂が建立され、この地に安置されたには何か訳があると思うのだが、それがわからない。江戸時代後半には二毛作が普及しこのあたりの農地は豊かになってゆとりが生まれていたことは考えられるが、それだけでは弱すぎる。


BACK NEXT 通信一覧