歌集「裸木」(堀川正子著) 再読      2008年2月2日

 以前堀川正子さんにいただいた歌集「裸木」について次のようなことを書いた。


 堀川正子さんから「裸木」という彼女の歌集をいただいた。
 わたしは短歌を作ったことはないし、鑑賞する力もないのだが、この歌集を読ませていただき、大変感動した。
 
  歌人の上原正三氏の序文によると集では会社員の夫と共働きで三人の娘を育ててきた、1 980年から十数年間の、公私にわたる生活の哀歓や、心の葛藤が歌われている」とある。
 このような堀川さんの境遇はわたしの境遇とダブっており、歌われた事柄や悩みに心から共  感しながら読ませていただいた。

 病める娘(こ)のかたわらに熱計りつつ休暇をとるを思いまどいつ
 幾年を共働きに耐えて来し友の辞めるにわが胸痛む
 メーデーに連れ来し吾娘に頬ずりし別れてゆきぬ病む子持つ友は
 幼子の寝息の音を確かめてわれの学びの刻は始まる
 連休の遠出の人の多き中子らと菜園にキュウリ苗植う
 ひたすらに働き続けて得し我が家先三十年の返済約して
 不慣れなる仕事の期限迫りくれば子らとの休日にも頭をよぎる
 抱かれて教師とともに役こなす重度心身障害児の劇は「さつまいも畑」
 忙しき仕事に追われし帰り径りんごの蕾に心和らぐ
 育児休暇了えて復帰の後輩がしみじみと言う「仕事っていいなあ」
 家に居ても仕事の手順組む癖のいつしか身に付き家事は進まず
 成績の振わぬ娘なれど休日は不登校の友に手紙書き継ぐ
 あわただしく嫁ぎたる娘に長き手紙を書きしたためて入院準備する

 ここには歌つくりの上手、下手を超えた感動があり、その時々の彼女が生き生きと見えてくる。この歌集を読みながら、わたしは「歌っていいなあ」と思い、改めて感謝している。

   病める娘のかたわらに熱計りつつ休暇とるを思いまどいつ

 我が家も二人で勤めていたので子供が熱を出したときなど大変困った覚えがある。だが、そのとき私は「どうしよう」とは言うものの、「熱計りつつ休暇とるを思いまどいつ」ということはなかった。思いまどったのは妻で、私はそれほど追い詰められたような気がしていなかった。今思うと、男の傲慢だったかもしれない。
 上水内郡のある学校で共働きをしていた女性教師に、管理職が「あなたの子どもと教え子が水に落ちたとしたらどちらを助けるか?」と言われ、大変困り「二人とも助けたい」と答えたところ「どちらか一人を助けるとしたらどちらを選ぶか」と問い詰められ、答えられず、黙っていたら「躊躇なく教え子を助けることができないならば教師を辞めるべきだ」といわれたそうである。私は当人からこの訴えを聞き、怒りがわいたのを覚えているが、このような迫害は当時でも男性の教員にはしなかった。女性は二重に迫害されていたのだ。

   幾年を共働きに耐えて来し友の辞めるにわが胸痛む

 堀川さんや私たちが子育てをしているころは、仕事と家庭を両立させることは現在では考えられないほど大変なことだった。育児休業はなく、産前産後の休暇は6週間であった。それが「8週間になって本当に助かった」と思ったのが昨日のように思い出される。そのような苦労をしてきた友達が辞めざるを得なくなったことを知り胸が痛くなったのだろう。前の歌とも共通するのだが、共働きは助け合ってはいるものの、一番苦労するのは子どもと一番かかわる妻である。一番苦しい思いを分かち合った堀川正子であったからこそ辞める友に胸が痛んだのだ。

  幼子の寝息の音を確かめてわれの学びの刻は始まる

 子どもを持つことは嬉しいことであるが、つらいこともある。一番つらいのは自分の時間がなくなることである。仕事の準備や勉強の時間が取れない。特に女性の場合はそうである。子どもの寝息をうかがって、静かになったらそっと起きだして本を読み始めるのだが、時には疲れのため、子どもと一緒に眠ってしまうこともしばしばあったのが我が家である。堀川さんも同じような経験があるのではなかろうか。

  不慣れなる仕事の期限迫り来れば子らとの休日にも頭をよぎる

 県職員だった堀川さんは学校の事務職員に転勤になった。養護学校の職員という今まで経験したことのない仕事を受け持って、さまざまな苦労があったに違いない。予算の提出やら職員にかかわる書類の提出日が迫っているときはたとえ休日であっても気が気ではないだろう。そんな気持ちがこの歌から伝わってくる。

   忙しき仕事に追われし帰り径りんごの蕾に心和らぐ

 通勤途中の風景は心を慰めてくれる。堀川さんの通勤は遠く、車に乗っている時間も長かったのだろう。それは大変ではあるが、道々の景色の変化は安らぎをくれたに違いない。私も畑のなかの道を通勤していたとき、周囲の景色にどのくらい癒されたか知れない。春はいっせいに花が咲き出し梅、杏、桜、桃、りんごと次々に咲く花を眺めながら通勤したことが今も鮮やかに思い出されるのである。

  育児休暇了えて復帰の後輩がしみじみと言う「仕事っていいなあ」

 本来、男性も女性も仕事をすることは自らの要求でもあるだろう。社会へ出て働くことは苦しいけれどやりがいがある。現在は女性でも仕事をするのは当たり前であるが、当時はまだまだ女性の社会進出は少なかった。一度社会に進出した人は仕事の苦しさだけでなく楽しさややりがいを実感し、そのことに喜びを感じる。「仕事っていいなあ」という言葉にその実感がこもっている。

  成績の振わぬ娘なれど休日は不登校の友に手紙書き継ぐ

 子どもの成績はどの親も気になるが、堀川さんは不登校の友に手紙を書いている娘に暖かい思いを寄せている。おそらく娘さんと会話しながら手紙の相手のことも知ったのだろう。暖かい会話が聞こえてくるような気がする。

 ここまで書いてきて、続きを書こうと思い、「裸木」を出そうとしたが肝心の本がない。たしか、あそこにあるはずだと一生懸命に探したのだがどうしても見つからないので、残念だがこれ以上かけなくなってしまった。いったいどこにしまったのだろうか。
 最近はこのようなことが良くある。
 出てきたら、続きを書くことにするので、今回はここまでとします。

(以上 2月2日、 以下3月12日)

 数日前、この書き込みを読んだ堀川さんが「裸木」を届けてくれた。
予想していなかったので大変嬉しかった。
せっかく持参してくださったのだから、こちらも続きを書くことにしたい。

   安曇野の老女に教わりしなずな草食卓にのせて春を味わう

 なずなはぺんぺん草の別名であるが、私の最も好む食材だ。茶色の混じったくすんだ緑色をしているが、熱湯に入れたとたん、鮮やかな黄緑色に変化する。私はこの草のおひたしが小さいころから大好きだった。ところが、この食べ物を知らない人が意外に多いことを知って驚いている。二年ほど前佐久の小林節夫さんを訪問した際、小林さんも同様のことを話していた。
 「老女に教わり」とあるから堀川さんも知らなかったのだろう。身近にありながら、あまりに身近すぎて知らないということはままあるように思う。

   山並みに添いて夕焼かがやけり心ひそかに決めしことあり

 この歌読んだとき「おや、どこかで同じような歌を読んだ覚えがあるぞ」と思い、昔を振りかえってみたら斉藤喜博の歌を思い出した。

   かたむきて浅間の煙太く黒くいよいよ我に覚悟あるなり      斉藤喜博

 堀川さんは山並みに添って輝く夕焼けを見てひそかに決意しているが、斉藤は浅間の太く黒い噴煙を見ての覚悟である。おのずとその内容の違いも推測できる。が、共に自らの決意をこのように歌っているのだ。
 
  決めかねしことありて外に目をやればネオンは遠くまたたきており

  愁いきて川の辺りに佇めば水流われを流さんばかり

  常ならば裸木に雪の花輝るに黒き樹皮のみ天を突きいる

  疲れはて庭に出づれば蟻の群己より大き花びら運びいる

  胸ぬち耐え難きありて外を踏めば裸木に新芽の赤くふくらむ

 
重い思いを胸に秘めて自然を見れば、いつもと違った景色がみえてくる。歌詠みはそのことを歌に詠み込んでいる。ネオンは毎日輝いているだろうし、川の流れも変わるわけではないが、自分に思うことがあれば、特別な景色に見えてくる。 景色が変わって見えるだけではなく、その景色に癒されたり、励まされたり、問いかけられたりする。そういうことは誰もが経験しているのだが、このように歌に詠まれてみて「あ、そのとおりだ」と気づくのだ。これらの歌を読むとそのことがよくわかる。

 それは絵画でも同じで、全くありふれた景色が作家によってすばらしい絵画を作ることはいくらでもある。セザンヌはどうということのない山を描いて人々を感動させるし、ゴッホも同じである。今ではゴッホの作品が有名になり、作品の場所を探し出して「風景がゴッホの絵のとおりだ」と感心している人も多いようだ。

一方で仕事をがんばり、時には上司とやりあいながらも、この歌集を読むと、自然を見て心を癒し、旅に心を慰めている堀川さんの姿が見えてくる。

  三面六臂の阿修羅像俊敏なる青年の面で天平より立つ 

  車では味わい薄しと歩みきて飛鳥路二日で三万五千歩

  悠久の時を隔てて積もり来し尾瀬の湿原どこまでも広し

  会いたさにキスゲの原を訪えばアシの伸びきて黄花を隠す

  観音を土に埋めて守り来し村人の思い今に繋がる

 この歌集には闘いの歌もたくさんあるが私は年をとったせいか、ここに書いたような歌を読むとほっとする。たぶん、自分が老いてしまったせいに違いない。


BACK NEXT 通信一覧