女性は反戦的か
     2008年4月20日

 先日内田ボブさんのライブをおこなった。大変気に入ったので「ジャポネシアフリーウェイ」というCDを買った。車の中で毎日聞いているのだが、その中に「女たちの願い」という曲がある。


      平和とはすべての生き物と友達になること

      基地のあることが私たちを守るのじゃない
      基地のないことが私たちを守るのだ

      女たちの願い 核のない海
      女たちの願い 核のない島
      女たちの願い 核のない未来

      平和とはすべての生き物と友達になること


 このうたは特に好きなので何回も繰り返して聞いているのだが、そのうちにちょっと気にかかる部分があることに気がついた。「女たちの願い 核のない海、女たちの願い 核のない島、女たちの願い 核のない未来」と歌っているのだが、女達は本当にそう思っているのだろうか。女たちの願いが核のない海だとすると、男達の願いは核のない海ではないのだろうか。
 そう思って、他のスローガンなどを思い浮かべてみたら「子どもを生み育てる母親は・・・」という母親大会のスローガンもあった。

 女性を大切にすることはいいと思うが、女性が平和を大切に考えているとか女性が命を大切に考えているというスローガンは違うと思う。それを言うなら、男だって平和を大切にしているし、命を大切にしている。と言うより、平和や人権の問題を「女だから」という発想が間違っているのではないか。

 最近の女性代議士や大臣を見ているとひどいものである。防衛大臣をやった小池百合子は核武装論だし映画「靖国」を国会内で上映させて上映辞退を続発させた藤井某などはその代表である。

 戦時中「国防婦人会」を作り活躍したのも女性だった。もちろん戦争に反対したり、命を大切にした女性がたくさんいたのは事実だろうが、男性にも戦争反対を訴えた人はいる。表面では何も言わなかったが心の中では戦争に反対していた男性も多い。

 先日亡くなった若桑みどりさんはそのことについて鋭く指摘しているが、私も同じように考えている。

「女のくせに」というのが差別的な言葉であると同じように「女だから平和を願っている」というのも逆の間違いなのだ。


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