聞く楽しみ    2008年6月4日

 5月31日に長野合唱団の発表会を聞いた。中で歌われた林光の合唱曲が良かったので、家に帰りCDを見つけて聞きなおした。「うた」「ねがい」など東混の声を聞くとやはりうまい。うちには合唱曲はほんのわずかしかないので欲求不満が残った。

 そんなことがあり、以前試みたレコード(CD)を聴く会のことを思い出した。残念ながら、この試みは実現していないが、いつか実現したいと思っている。

 
 二十数年前のことになりますが、私が小諸から長野に転勤になったのを機会にりんご畑だった土地に現在の家を建てました。今まで住んでいた建物を残しておいたところ、高教組に勤めていた山田定安さんが「ステレオ装置の置き場所として借りたい」ということでお貸ししました。山田さんとはそのときからいろいろ話す機会があり、彼が音楽愛好家であり音響機器に詳しいことを知りました。しばらくして土蔵を改造した折、彼に手頃な音響機器がないか相談したところ、「私の持っている機器を譲ってあげますよ」といわれ現在の装置を格安で譲ってもらいました。それから二十年近くこの装置でレコードやCDを聴き続けていますが大変満足しています。二十年ほど以前、中古で譲られた品物ですが、音は良くて大変気に入っています。

最近、娘がこの土蔵にピアノを持ち込んで時々弾くようになったので私もCDを聴きたくなり1〜2曲聴いたところ、とても気持ちがやすまりました。それだけでなく聴きながら今まで気がつかなかったことがわかったり、演奏家の主張がわずか理解できるようになりました。

いろいろ考えながら聴いているうちに、一人ではもったいないような気がしてきました。ひとりで漫然と聴くのでなく、何か目的を持って気の合う友達と聴いてみるのも面白そうだと考え、演奏の聞き比べをしてみようと思いつきました。

これは私の個人的な趣味ですので、一緒に聞いてみようというもの好きの方がおいでになったらお出かけください。一緒にコーヒーでも飲みながら聴きましょう。もしも聴きたいレコードやCDがありましたらお持ちください。

 
 この文章を書きましたが、そのままになっており、出さずの手紙になってしまいました。この手紙には次のような聞き比べのサンプルを書きました。

1、       冬の旅(シューベルト)

 シューベルトの「冬の旅」は「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」と並びシューベルトの歌曲のなかでも名曲中の名曲なのでさまざまな人が歌っています。ペーター・シュライアー、ディートリヒ・フィッシャー・ディスカウ、ヘルマン・プライなどとともにシュトッツマンや白井光子などの女性アルト歌手も録音しています。

シューベルトの歌曲はその歌がすばらしいのはもちろんですが、伴奏も美しくてそこに注目して聞いても大変面白いと思います。フィッシャー・ディスカウと組んでいたジェラルド・ムーアの伴奏などは惚れ惚れします。伴奏と言う字は演奏に「伴う」と言うことなのでしょうが、この曲などは歌と並んでいるようです。また、伴奏の仕方も実に様々です。白井光子の冬の旅は最初の「おやすみ」の伴奏をきいてびっくり仰天した覚えがあります。この伴奏は夫君のハルトムート・ヘルが弾いていますが実にユニークな伴奏で思わず「ええ!こんな伴奏あるの!」と叫んでしまったほどです。

 今回の聴きくらべの最初はペーター・シュライアーとディートリヒ・フィッシャー・ディスカウです。

ペーター・シュライアー(1935生まれ)はドイツの優れたテノール歌手で若いころからオペラだけでなく、シューベルトの歌曲も歌っていました。この演奏は1991年、彼が56才のときのものです。彼は何回かの来日経験があります。何年か前ドイツのオーケストラと来日し、バッハの「マタイ受難曲」の福音史家(語り)を歌いました。この公演が県民文化会館で行われたので聴きにいきましたが、長野公演は別の人が歌い、残念ながら彼の声を聴くことはできませんでした。

フィッシャー・ディスカウ(1925生まれ)はやはりドイツの優れたバリトン歌手で超有名ですのでご存知の方が多いと思います。私が佐久の春日小学校に赴任した手の頃、望月高校にいた峰村さんとディスカウの話をしたのを覚えています。私が彼のレコードを持っていると話したら、喜んで「彼は一気に3オクターブを発声してからフッと息を吐いてローソクを消すことが出来るそうだ」などと話してくれました。
 ディスカウは日本にも何回か来訪しています。その声は豊かで美しいだけでなく詩の解釈も深く、聴く人の心を揺さぶります。この録音は
1971年彼が46才の最も油の乗り切ったころのもので、おそらく現在出ているうちの最高の名盤だと思います。

同じフィッシャー・ディスカウの「冬の旅」でも年をとってからのものは声の張りが大きく違っています。たとえば1990年に録音したマレイ・ペライア伴奏の「冬の旅」は65歳のときのもので、録音の悪さを割り引いても声の衰えは隠せません。その聴き比べをしてもさまざまのことがわかり興味深いのですが、今回は省略します。

 では、最初にペーター・シュライアーの「冬の旅」から2曲「おやすみ」と「菩提樹」を聴いていただき、そのあとフィッシャー・ディスカウの「冬の旅」全曲をお聞きください。

  

  
 こんな文章を書いて意欲満々だったのですが、何かの事情でその機会を逸してしまいました。
 冬の旅については、曲だけでなく「詩」も大変重要ですが、これも訳者によってまるで表現が違っていることに気がつきました。私が昔から知っていた「菩提樹」の歌詞は

泉に沿いて繁る菩提樹 
慕いゆきてはうまし夢みつ
幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉 
うれし悲しに といしその影・・・

でした。ところが、最近のCDジャケットを見ると以前の歌詞とずいぶん違っていることに気がつきます。

市門の前、泉のそばに一本の菩提樹が立っている
その陰で私はいくつもの甘い夢を見たものだ
そして、その幹には、いくつもの愛の言葉を刻んだ
喜びにつけ悲しみにつけ、いつも私はそこに惹かれた 

大意は同じですが、読みやすく分かりやすくなっています。曲に合わせた詩でないのでそれが可能だったのかもしれません。


2、マタイ受難曲(ヨハン・セバスチアン・バッハ

 ヨハン・セバスチアン・バッハはベートーヴェンと並び西洋音楽最大の作曲家で「音楽の父」と呼ばれています。彼はあらゆる分野できわめて優れた作曲をしました。教会音楽として数え切れないほどのコラールやオルガン曲を作曲しましたが、ほかにも管弦楽で「管弦楽組曲」「ブランデンブルグ協奏曲」、独奏曲で「イギリス組曲」「フランス組曲」「平均律クラヴィア曲集」「無伴奏チェロソナタ」「無伴奏バイオリンソナタ」、合唱では「ミサ曲ロ短調」など数え切れないほどの曲があります。中でも「マタイ受難曲」は傑作中の傑作といわれ、武満徹は「自分の葬儀にはマタイ受難曲をかけてくれ」と言い残してなくなったというほど人の心を打つ作品です。
 
 今から十数年前になりますが、磯見輝夫という版画家の作品が好きになり、何点か買い求めたことがあります。彼がカトリックの信者だと知り
、テレビでマタイ受難曲を聴いた直後手紙を書いたことを覚えています。「私は音楽の授業で子供達に”気球に乗ってどこまでも”とか”幸せなら手をたたこう”などと教えてきたが、いまテレビを視ると、外国の少年達がマタイを歌っている。彼らが歌っている曲は、上手い下手は別にしても内容の重さ、深さは私が教えた音楽とは比べ物にならない。改めてすごいことだと感心しています」といった内容でした。
 こんなことがあったのでマタイ受難曲は私にとっても特別の思いのある曲です。

 毎年夏になると松本市でサイトウキネンフェスティバルが開かれます。今から78年前(19979)、そこで「マタイ受難曲」が演奏されました。オーケストラはサイトウキネンオーケストラ、指揮は小沢征爾です。福音史家はジョン・マーク・エインズリー(テノール)で、合唱は東京オペラシンガーズとMKF松本児童合唱団でした。児童合唱団のメンバーは広く公募され、長野や松本からも何人かの子どもが出演しました。私もぜひ聴きたいと思いチケットを申し込みましたが、残念ながら「マタイ」のチケットは買えませんでした。何日か後に県教組で同僚だったTさんがサイトウキネンに行って「マタイ」を聴いてきたという話をしてくれました。「切符がよく買えましたね」と聞いたところ、奥さんが担任しているクラスの子どもがMKF合唱団のメンバーで、その子を通して切符が手に入ったと話してくれました。それを聞いて「マタイ」を歌う合唱団に長野の子どもが加わっていることを知り驚きました。

 今回はその「マタイ受難曲」を聴きくらべてみることにしましょう。大曲で中間に休憩を入れ3時間以上かかります。「マタイ受難曲」は聖書のマタイ伝を構成した曲で、キリストが捕らえられるところから裁判でユダに売られるところ、パウロ裏切り、民衆の声、十字架にかけられたキリストとその昇天までを福音史家(語り)が解説をしながら合唱と独唱(アリア)の組み合わせで歌われています。

さて、その曲ですが第1部と第2部からできており、第1部は35曲、第2部は43曲、合計78曲あります。合唱・アリア(独唱、二重唱)・レシタティーボ(福音史家、キリスト、ユダ、ペテロなどの語り)、演奏などで構成されています。

小沢征爾指揮:サイトウキネンオーケストラ・東京オペラシンガーズ(1997 第1曲(合唱) 第33曲(二重唱) 第47曲(アリア) 第78曲終曲(合唱)

カール・リヒター指揮:フィルハーモニアオーケストラ・合唱団(1961年)
  1曲(合唱) 第2曲(語り)、第12曲(アリア)、第29曲(アリア)、第33曲  (アリア)、第34曲(語り)、第47曲(アリア)、第66曲(アリア)、第78曲  (合唱) 

 
リヒター盤の独唱者にはフィッシャー・ディスカウ、シュワルツコップなど当代世界屈指のメンバーが入っています。両演奏を聴き始めてすぐに気がつくのはそのテンポがまったく違うことです。速さの違いは指揮者によってそれぞれですが、全体を見ると近年になるほどテンポが速くなっているようです。しかし演奏の良し悪しは速さで決まるものではありませんから、どちらが自分の心を打つかが大切だと思います。

 
 この後も何曲かを書きましたが、今回はここまでにして、次回に続きを書くことにします。

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