平和を願う宗教者の会「チベット問題を考える」    2008年6月20日

 二年以上も空白にしていた宗教者の会をおこなった。
 今回は「チベット問題」をテーマにした。ご承知のように先日北京オリンピックに向けた聖火が長野を行進し、それをめぐり様々な動きがあったのでこのテーマにした。

 聖火の行進が始まる直前にチベットで暴動が起き、中国政府による鎮圧行動があった。暴動と鎮圧(武力弾圧)について世界中で大問題になった。イギリスやフランスでは聖火が奪われたり火が消されたりした。ダライ・ラマは「暴力には反対」し「チベットに大幅な自治を」と訴え、「中国政府との話し合い」を求めた。中国政府はこれを拒否し「チベット問題は内政問題だ」としていた。この動きは当然日本にも影響することが予想され、長野でも様々な動きが生まれた。


 善光寺は聖火の出発点になっていたが、出発点を辞退したため、聖火は勤労者福祉センター跡地から出発した。また、同じ時刻に善光寺境内ではチベット問題での犠牲者の法要をおこなった。

 これら一連の動きの中心にいた福島貴和さんが宗教者の会のメンバーであったこともあり、彼に最初に報告をしてもらった。

        
         チベット問題について福島貴和さんの報告

  @ 私は一年前チベットを観光客として訪問したが、いわゆるチベット問題に  は気がつかなかった。

A善光寺を聖火リレーの起点とすることは当初は誰もが当然だとおもっていた。

B   聖火リレーがイギリス、フランスで問題になり、長野でも何かが起こる可能性が高まると、様々なことが起こった。

C   チベット問題についての認識が深まり(インターネットの情報で)、チベットにおける弾圧の実態や文化の破壊などが知られて、「善光寺も手をこまねいているだけでいいのか」という声が上がってきた。

D   インターネットを通し善光寺に意見が殺到した。

E   若手の僧からも「聖火の出発に際しては善光寺からチベット問題についてのメッセージを発表すべきではないか」との意見があった。

F   聖火の出発点を返上するという決定がなされ、発表されたが、そこに至るまでのいきさつは不明である。結果とすると良かったと思っている。対外的には、観光の善光寺という見方から信仰の善光寺という見方が出てきたように見える。

G   私たち「平和を願う僧侶の会」は「チベット問題を考える長野の会」と共催で善光寺においてすべての犠牲者の法要をおこなった。そこではチベット族、漢民族すべての犠牲者の名前を読み上げて供養した。

H   聖火の出発点を返上したことによる中国人からの報復を心配したひともいたようだが杞憂だった。「落書き」はいたずらだろう。

I   チベット問題とは違うが、長野では以前から平和を願う外国との交流があった。昭和39年から雲上殿の近くに「平和の碑」が建立されている。この碑は当時ビルマの僧侶が長野を訪れ戦争犠牲者を供養したのを記念して建立された。それ以来碑の前で毎年法要が営まれていることを知った。長野にはこういう伝統もあるのだ。

J   とりくみの中で「ダライ・ラマを長野に呼ぼう」という声も一部で上がっている。

K   今回の取り組みを通して古い体質を打ち破ろうという新しい力が生まれていることを実感した。その力はインターネットを通して急速に広がることが分かった。

3、参加者の報告と意見

@ 私の知る限りキリスト教は今回の問題について特別の取り組みはなかった。中国の政策については勉強不足もありよく分からないから論評できないが、人権を尊重すべきだという意見は同感である。信教の自由の問題は大きな問題なので宗教者が協力して意見交換など出来るのではないかと思う。

  以前テレビで永平寺を映した番組を見た。すれ違う僧がお互いに手を合わせていたのを見て、お互いが尊重しあっていることを実感した。キリスト教は拝むのは主のみだがお互いが尊重しあうことを教えられた。

A   聖火リレー後のことだが、キリスト教では四川地震とミャンマーの災害の募金をしている。

B   聖火リレーは国際問題になった時点で地元の我々とは別の世界の問題になってしまった。聖火が通過するのを地元の人が見学・歓迎するという構図はなくなり、チベット問題を巡る国際的な対立が持ち込まれたが、オリンピックは国際的なイベントであるのだからこれはやむをえないと思う。だが、うちの庭に入り込んだ他人が言い争っていることに違和感を覚えたというのが私の接した多くの人の感想だった。

C   聖火ランナーが通過する道筋で場所取りをしたが、法要と時間が重なりいけない人が何人かいた。県庁へ若里公園の使用許可をもらいに行ったところ「公序良俗(コウジョリョウゾク)に反するから許可しない」といわれ大変驚いた。今でも公序良俗という言葉が生きているとは知らなかった。上司と交渉して最終的には許可を得たが、いざというときには、今でもこのような言葉が生きていることを知った。官庁は「とにかく騒動を起したくない」ということのみのように見えた。

 
 今回参加されなかったが海野正信氏からは善光寺とは別に「中央通に横断幕を掲げて立った」ことをお知らせいただいた。詳しい内容が分からないのが残念であるが、様々な方々がい独自の行動をとられたことが分かった。

 自分のことになると、チベット問題については今回の問題が起きるまで何も知らなかった。俄かに勉強していくらか知るようになったのだが、もとより浅い知識だけであるから本当のことは何も分からない。
 先日の報告や参加者の意見を聞いてもとても「わかった」などとは言えないけれど、自分なりにはいくらか態度を明らかに出来ると思うようになった。


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