原爆小景(林光ー東混『八月のまつり29』)を聴く    2008年8月8日

 「原爆小景」が第一生命ホールで歌われたので聴きにいった。

 今回は作曲者の林光が指揮とピアノを弾いている。私がわざわざ聴きに行こうと思ったのは林光の指揮とピアノを見たい、聴きたいと思ったからだった。彼の指揮と伴奏はテレビで見たことはあるが、実際にこの眼で見るのははじめてであった。

            
タイトル:「八月のまつり」29
・原爆小景(水ヲ下サイ/1958、日ノ暮レチカク/1971、夜/1971、永遠ノミドリ/2001)
・フェデリコ、君の名前は歌だ
・日本叙情歌曲より(中国地方の子守歌、城ヶ島の雨、ちんちん千鳥、叱られて、野の羊、曼珠 沙華、かやの木山の)
期日:2008年8月8日(金) 
会場:第一生命ホール(晴美トリトンスクエア)
合唱:東京混声合唱団
指揮・ピアノ:林光
ギター:鈴木大介

 この曲はCDで持っているが、そこになかった曲「永遠のみどり」が最終曲として2001年に作られて今回歌われた。これで全曲が完成したそうだ。そんなこともあり、聴きたい気持ちが募り、思い切って出かけた。わたしは東京で暮らしたことがないし、一年に一度か二度ぐらいしか行かないので、電車や地下鉄の駅と会場の関係もわからないのでそのたびに緊張する。今回はバスがあると言うので乗ったところ、信号で止まりずいぶん時間がかかってしまった。それでも開演30分前に着いたのでほっとした。


 行く前日、妻が娘に「おまえも聴きにいくかい?」とたずねたが、娘は即座に「行かない」と答えた。合唱の伴奏をいくつかしている娘のプラスになるかもしれないと思った妻の誘いだったが、あっけなく断られ、わたしもがっかりした。行けば必ず得るものがあると思っていたので誘ったのだが、「得るものはすべて吸収しよう」という貪欲さを持ち合わせていないのが下の娘なのである。
 曲を聴いた後の感想になるが、指揮者と歌い手、ピアノ伴奏と合唱の関係など、実に興味深い姿が見えたので「やっぱり行けばよかったのに」と思った。
 
原爆小景の歌詞は以下のものである。
愿民喜の原文とはいくらか異なっている。

原爆小景(合唱詞)   愿 民喜

第1曲 水ヲ下サイ

水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
 オーオーオーオー
 オーオーオーオー

天ガ裂ケ
街ガ無クナリ
川ガ
ナガレテヰル
 オーオーオーオー
 オーオーオーオー
原爆小景(原文)  愿民喜

水ヲ下サイ

水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
 オーオーオーオー
 オーオーオーオー

天ガ裂ケ
街ガ無クナリ
川ガ
ナガレテヰル
 オーオーオーオー
 オーオーオーオー


 
第2曲 日ノ暮レチカク

日ノ暮レチカク
眼ノ細イ ニンゲンノカホ
ズラリト河岸ニ ウヅクマリ
細イ細イ イキヲツキ
ソノスグ足モトノ水ニハ
コドモノ死ンダ頭ガノゾキ
カハリハテタ スガタノ細イ眼ニ
翳ツテユク 陽ノイロ
シヅカニ オソロシク
トリツクスベモナク
日ノ暮レチカク

日ノ暮レチカク
眼ノ細イ ニンゲンノカホ
ズラリト河岸ニ ウヅクマリ
細イ細イ イキヲツキ
ソノスグ足モトノ水ニハ
コドモノ死ンダ頭ガノゾキ
カハリハテタ スガタノ細イ眼ニ
翳ツテユク 陽ノイロ
シヅカニ オソロシク
トリツクスベモナク

                 
第3曲 

夜ガクル
夜ガクル


火ノナカデ
電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ
蝋燭ノヤウニ
モエアガリ トロケ
赤イ一ツノ蕊ノヤウニ


夢ノナカデ
頭ヲナグリツケラレタノデハナク
メノマヘニオチテキタ
クラヤミノナカヲ
モガキ モガキ
ミンナ モガキナガラ
サケンデ ソトヘイデユク


コレガ人間ナノデス
原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
肉体ガ恐ロシク膨脹シ
男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル


「助ケテ下サイ」
ト カ細イ 静カナ言葉


河岸ニニゲテキタ人間ノ
アタマノウヘニ アメガフリ
火ハムカフ岸ニ燃エサカル

ギラギラノ破片ヤ
灰白色ノ燃エガラガ
ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム
スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ
パツト剥ギトツテシマツタ アトノセカイ


真夏ノ夜ノ
河原ノミヅガ
血ニ染メラレテ ミチアフレ
声ノカギリヲ

オ母サン オカアサン

あのとき、細い細い絲のやうに細い目が僕を見た。まっ黒にまっ黒にふくれ上った顔に眼は絹絲のやうに細かった。
コレガ人間ナノデス

コレガ人間ナノデス
原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
肉体ガ恐ロシク膨脹シ
男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル

オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
「助ケテ下サイ」
ト カ細イ 静カナ言葉

コレガ コレガ人間ナノデス
人間ノ顔ナノデス

燃エガラ

シユポツ ト 音ガシテ
ザザザザ ト ヒツクリカヘリ
ヒツクリカヘツタ家ノチカク
ケムリガ紅クイロヅイテ

河岸ニニゲテキタ人間ノ
アタマノウヘニ アメガフリ
火ハムカフ岸ニ燃エサカル

ナニカイツタリ
ナニカサケンダリ
ソノクセ ヒツソリトシテ
川ノミヅハ満潮
カイモク ワケノワカラヌ
顔ツキデ 男ト女ガ
フラフラト水ヲナガメテヰル

ムクレアガツタ貌ニ
胸ノハウマデ焦ケタダレタ娘ニ
赤ト黄ノオモヒキリ派手ナ
ボロキレヲスツポリカブセ
ヨチヨチアルカセテユクト
ソノ手首ハブランブラント揺レ
漫画ノ国ノ化ケモノノ
ウラメシヤアノ恰好ダガ
ハテシモナイ ハテシモナイ
苦患ノミチガヒカリカガヤク

火ノナカデ
電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ
蝋燭ノヤウニ
モエアガリ トロケ
赤イ一ツノ蕊ノヤウニ

ムカフ岸ノ火ノナカデ
ケサカラ ツギツギニ
ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ
サケンデユク 火ノナカデ
電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ


 真夏ノ夜ノ河原ノミヅガ

真夏ノ夜ノ
河原ノミヅガ
血ニ染メラレテ ミチアフレ
声ノカギリヲ

チカラノアリツタケヲ
オ母サン オカアサン
断末魔ノカミツク声
ソノ声ガ
コチラノ堤ヲノボラウトシテ
ムカフノ岸ニ ニゲウセテユキ

ギラギラノ破片ヤ

ギラギラノ破片ヤ
灰白色ノ燃エガラガ
ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム
スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ
パツト剥ギトツテシマツタ アトノセカイ

テンプクシタ電車ノワキノ
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
プスプストケムル電線ノニホヒ

 焼ケタ樹木ハ

焼ケタ樹木ハ マダ
マダ痙攣ノアトヲトドメ
空ヲ ヒツカカウトシテヰル
アノ日 トツゼン
空ニ マヒアガツタ
竜巻ノナカノ火箭
ミドリイロノ空ニ樹ハトビチツタ
ヨドホシ 街ハモエテヰタガ
河岸ノ樹モキラキラ
火ノ玉ヲカカゲテヰタ

夜ガクル
夜ガクル

ヒカラビタ眼ニ
タダレタ唇ニ
ヒリヒリ灼ケテ
フラフラノ
コノ メチヤクチヤノ
顔ノ
ニンゲンノウメキ
ニンゲンノ

第4曲 永遠(とわ)のみどり

ヒロシマのデルタに
若葉うづまけ

死と焔の記憶に
よき祈よ こもれ

とはのみどりを
とはのみどりを

ヒロシマのデルタに
青葉したたれ
永遠のみどり

ヒロシマのデルタに
若葉うづまけ

死と焔の記憶に
よき祈よ こもれ

とはのみどりを
とはのみどりを

ヒロシマのデルタに
青葉したたれ

 上記は当日歌われた「原爆小景」と原民喜の原文(右)である。

 この曲はアカペラで歌われている。詩は怖いけれど曲は美しい。曲には様々な技法が駆使されているので、歌うほうは大変だと思う。だが、それがあるから美しくて心に響いてくるのだ。

 歌詞が大きく変っている第3曲「夜」の中に「せりふ」というのか「朗読」というのか「言葉」が入っている。「これが人間なのです」という女性の言葉が何回か入り、そのうちに男性の言葉も入り、長いせりふが語られる。一方では合唱が歌われているので言葉と歌が重複し、何を語っているのか聞き取れない。だが、聴いていると合唱の休符の部分になると語りは鮮明に聞き取れる。それは夏の日の木漏れ日が木陰に白く見えるように言葉が鮮やかに浮き出してきて、わたしは凄い迫力を感じた。

 第4曲「永遠のみどり」はそれまでの曲とガラッと変り、穏やかな調子で歌われた。曲はしずかに終わり、広島の復活と、永遠に緑がしたたることを願う死者の思いが伝わってくる。そんなことを思いながら聴いていた。

「原爆小景」のつぎは「フェデリコ、君の名前は歌だ」を林光指揮、鈴木大介のギター伴奏で歌った。原爆小景が強烈だったので、この曲はぼんやりと聞き流してしまったような気がする。

 林光の指揮は合唱指揮者の指揮と比べると動作が大きくて私にはよく理解できる指揮であった。この曲は恐らく何十回となく振っているはずだが、とても新鮮に見えた。

 「日本叙情歌集」は林がピアノと指揮をした。中央にピアノを置きそれを囲むように合唱団が並んで歌った。曲目は「中国地方の子守歌」「城ヶ島の雨」「ちんちん千鳥」「叱られて」「野の羊」「曼珠沙華」「かやの木山の」であった。
 第3曲のあと林はマイクをにぎり「『野の羊』は服部正の作曲した中の最高傑作です」とコメントした。「野の羊」のうたごえがとてもさわやかだったので、納得できた。
 アンコールは2曲あり最初は「椰子の実」を歌ったが二曲目はなかなか歌わず、長い拍手の後で宮沢賢治が作った「星めぐりの歌」を歌った。この曲はアンコールに予定されていたらしく、林がなかなか演奏の体勢に入らないので団員は笑っていた。ようやく演奏したが、これがとても良かった。


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