加藤周一逝く (1919〜2008・12・5)     2008年12月18日

 加藤周一さんが亡くなった。
 2週間ほど前から彼の本を読み始めていたところだった。「過客問答」「戦争と知識人を読む」「日本的ということ」と読み進んでいたのだが、現在の課題に応えた内容だったので、私はまるで加藤さんのそばで聞いているような気持ちになっていた。それだけに彼の死を知った時は心にぽっかりと穴があいたような気がした。

 加藤周一の本は何冊か読んだがどれも納得のいく中身で、私は大きな影響を受けている。私とは何か、日本人とは何かを知る上で彼の発言は貴重であった。
             プロフィール

1919年 東京都生まれ 東京帝国大学医学部卒
      在学中 中村真一郎、福永武彦らと「マ      チネ・ポエティク」結成
1945年 原子爆弾影響調査団に参加
1951年 フランスに留学(医学)
1958年 医学から評論家に移る
1975年 日本文学史序説
2008年 歿
フランス、カナダ、中国などの大学で講義
著書多数 文学、美術、建築、宗教など多方面

 今回最初に読んだのは「過客問答」だが、「フランス人は会話を楽しみ、一般化を好む」「イギリス人は伝記を好み、一般化より個別にこだわる」というようなところを大変面白く読んだ。私などはアメリカ人とヨーロッパ人の違いなどは聞きかじっているけれど、イギリス人とフランス人の気質の違いや文化の違いなどは具体的には知らないので大変興味深かった。また、加藤さんが美術や文学だけでなく建築に詳しいため、まちづくりの全体を俯瞰してみてイタリアとりわけヴェネチアを高く評価している点もよくわかった。

 この本の面白さは彼がその国で生活する中で見たり聞いたりした事実を敷衍して一般化したり文化の特徴として捉えているところである。「伝記を好む英国人」から「個別にこだわる文化」を引き出すところなどはその典型だろう。また、彼が語学に堪能でその国の言葉を自由自在に操っているため、きわめて深く本質を掴み取っているだけでなく、議論を深めたり説得力を持って話していることがよくわかる。アメリカの大学でベトナム戦争についての議論に加わり、専門家を言い負かしたり、政治家と議論してやっつけたりするところは痛快でさえある。

 しかし全体を読み終えたときに強く思ったのは、彼は外国を語っていても、最終的には日本を考え日本人を考え続けていることであった。

 「『戦争と知識人』を読む」は重い本であった。
 日本の知識人は第二次大戦をどう考え、どう対処したか、また、大戦後自ら行った言動についてどのように総括しているか、ということの考察である。対象として高見順の「敗戦日記」を中心に取り上げて論じている。高見は戦争を「いやなもの」ととらえ戦争には消極的であった。また、時局にのって無謀な試みをしたり私服を肥やす指導者に怒りの気持ちをもっていた。しかし、自分が日本人であるからには戦争に反対は出来ないと思っていた。その事が「時局に乗って無謀な試みをしたり、私服を肥やす指導者」を最後まで追及できなくさせていたことを明らかにしている。

 横光利一ら日本浪漫派は「近代の超克」をとなえていたが,
自らは近代以前の地に立ち、議会制民主主義が圧殺されるのを横目で見ながら、近代ヨーロッパ文明の行き詰まりを克服すると、こけおどしの言葉を使っていた。例えば「慟哭」などという言葉を使い、いかにも意味ありげな言動をしていたが、その中身は、ただ「泣く」というべきことを大げさに言ったというに過ぎない。日本の知識人の多くはそれに引っかかっていたが、彼らの主張は全く意味のないもので、時流に乗っているだけのものであった。

 田辺元ら京都学派の哲学者は一般論を語っている時は誠に論理的あるが、ひとたび現実を語るとそれは荒唐無稽になってしまった。例えば日本の特徴は「臣民が天皇を翼賛することによって(日本を)閉鎖的・種族的な統一から開放的・人類的立場に高めている」(戦前) 「象徴である天皇は絶対不可侵の無である。無こそ対立する国民を統合するに相応しい」(戦後)として、そこから論を出発させているが、その根拠は「今日の国民の大多数が、天皇制存置国体擁護において一致する」という程度のことでしかない。だが、そのような国民意識は明治以後の教育の結果であり伝統的な国民意識ではない。このような検証に耐えられない安易な哲学論が組み立てられるのは、哲学(学問)が外国からの輸入であって、自らの生き方の探求とは関係のない中で組み立てられたことによる。

 「思想は体験から出発するものである。体験が変わらなければ、思想が変わるということは決してない。その意味で思想は輸入できないものだ。たとえば『推しつけられた』民主主義思想などというものはない。それは日本にないか、あるとすれば『押しつけられた』のではなく日本の土から生まれたのである。本来の思想が日本の、生活とその体験に、超越するのも、それが日本の土に生まれたからである。そのほかに思想上の節操ということの意味もないだろう」

 このような思いがきっかけになって研究を進め出来たのが『日本文学史序説』である。この本からは無数のことを学んだが、加藤周一の死を機にもう一度読み直してみようと思う。そして、日本人の特性、日本文化の特性を見てみたい。加藤は 若い頃は超越的な価値観を持たない日本文化を否定していたが、年をとるに従い、日本文化の特性に対する考え方を変えたようである。そのあたりを内山節などと比較しながら、私の考えをはっきりさせたいと思う。

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