一新聞記事が政治の流れを変える   2月10日

 1月11日の朝日新聞1〜2面に『派遣切り・・・闘いたくて』 手にしたビラに「共産党」 という署名入りのルポジュタージュが掲載された。「派遣切り」と「共産党」という言葉に魅かれ、記事を読んでみた。記事の内容は、今行われている派遣切りで首を切られた人が次々に共産党に入党する様子が説得力をもって書かれている。ルポの最後は「限界集落からも続々」というタイトルで、自民党から共産党支持に変わった例が報告されていた。

 これを読んで驚いた。朝日新聞が1面の三分の一、2面の半分ほどを使って派遣労働者の首切りや限界集落の困難と共産党の関係をリアルに説得力を持って書いているのだ。私の知る限りこんなことは今までになかった。「これは素晴らしい記事だ」と思うと同時に「なぜだろう?」という一抹の疑問も感じた。これまでの朝日新聞は比較的共産党に関する記事をたくさん載せてきた。だが、その書き方は独特で、必ず結末に疑問符がついていた。記事そのものもそうだったし、識者のコメントを大きく載せるのが常だった。山口二郎、後房雄、立花隆などが批判的な意見を書くことが多かった。ところが、今回の記事は共産党の行動をほぼ全面的に紹介している。しかもそのスペースが半端ではない。一体何が起ったのだろう?

 昨年末から今年はじめにかけて、派遣労働者の大量首切りが大問題になった。その時『反貧困』の著者である湯浅誠が中心になり、日比谷公園に「派遣村」をつくり、そこに全国から500人の首を切られた労働者が集まった。マスコミはこのニュースを連日大きく取り上げた。派遣村の村長になった湯浅誠は彼らに実情を訴えるなかで「労働者派遣法こそ行き場のない労働者を出現させた元凶である。とりわけ製造業への派遣をなくさなければならない。いままで空前の利益を上げてきた大企業は内部保留を吐き出して労働者の首切りをやめるべきだ」と訴えた。

 派遣村には連合や全労連など労働組合をはじめ、野党各党も党首クラスが次々に訪問し激励した。いままで対立関係にあった組合もこの問題では共同して取り組む姿勢が見えてきた。民主党の菅直人、社民党の福島瑞穂、共産党の志位和夫は労働者派遣法や、その行き過ぎを批判し「製造業への派遣法の適用はやめるべきだ」という点で一致し、共闘体勢が出来そうにみえた。このような動きの中で舛添大臣は「製造業への派遣法適用は問題があるから見直しを検討したい」という発言をした。

 朝日新聞にルポルタージュが掲載されたのはこのタイミングだった。
 半分喜び、半分いぶかっていた私は2日ほどして、あるブログで次のような記事を見つけた。
 『朝日新聞に「派遣切り」の記事が掲載された。そこには派遣切りの実態と共産党が伸びている様子 が書かれている。共産党はこの記事を読んで大喜びしているだろうが、そんな単純なものではない。 この記事は恐らく財界の誰かと朝日新聞の幹部が図って書かせたに違いない』というものだった。
 これを読んで私は同じようなことを考えている人がいることを知り、自分の疑問を実証したくなった。

 現在、労働者の首切りは年末年始の派遣村当時より格段にひどい状態になっている。ソニー、パナソニック、ニッサンなどの大企業は一社で一万人を超えるような首切りを計画している。大企業が首を切るということは、下請け企業への注文をなくすということだから、中小企業は人を減らさざるを得なくなるに違いない。この調子だと全国で40万人以上が失業すると試算されている。この計画が実施されれば日本中に失業者があふれることは目に見えている。その中の多くは明日の食べるものがないとか、寝る場所がないといった人々だ。

 にもかかわらずこの日前後を境に、テレビは派遣社員や首切りの問題をほとんど取り上げなくなってしまった。「かんぽの宿」だとか「首相の郵政民営化発言の矛盾」などが論議され、数十万人が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている問題は話題の中心から抜け落ちてしまった。新聞も同じで派遣切り問題はほんの申し訳ぐらいの記事になってしまい、1面には大企業が大幅な赤字になったとか赤字になる見通しだという記事を載せている。
 テレビには「派遣労働者の製造業への派遣はやめるべきだ」と主張をする人はほとんど登場しなくなった。「大企業は内部保留を吐き出せ」と主張するひとの登場はもっと少なくなり、「派遣をなくすと競争に勝てない」「内部保留は現金でないから吐き出すことは困難だ」と主張する証券マンや御用学者が何人も登場し始めた。そして、田原総一郎などのキャスターが、彼らの意見を延々と述べさせ、企業の責任を追及する意見をしゃべり始めると、手を上げてさえぎってしゃべらせないようになった。

 現在国会が開かれているが、民主党は労働者の首切り問題をほとんど取り上げていない。「製造業への派遣労働を禁止する法案を提出したい」と言った民主党は法案を提出する気配がない。内部保留を吐き出せと言う議員は自民党にも民主党にもいない。年末年始にかけての盛り上がりは嘘のような変わりようである。

 このような状況をみて、私は朝日新聞の記事の意味を理解した。恐らく民主党や社民党の議員は、あの記事を読んで危機感を持ったに違いない。「今日の朝日新聞を読んだか!あれを読めば、派遣切り問題を追求すると、共産党にうまい汁を吸われることがよくわかる」「共産党に手を貸すような行動は行うべきでない」「湯浅を出すと共産党と同じ主張をするから気をつけろ」という意見が続出したに違いない。そして、派遣・首切り問題と、内部保留を貯めこんだ大企業追及を、話題に挙げないようになった、と私は思う。

 「派遣切り問題」で最高に盛り上がった1月11日を境に、この問題は潮が引くように姿を消し、失業者を救うための法案は提出されないことが確実になった。あれだけ追いかけられた湯浅誠は現在ほとんどどこにも登場しない。マスコミ世論は、労働者の首切りが本格化しそうになった時から、一番大切な問題を意図的に外してしまった。一時は共闘しそうだった労働団体も、その後何もしていない。
 桝添大臣もその後口をつぐんでしまった。首を切られた労働者を助ける道を論議するマスコミはなくなり、政府と国会も彼らを見殺しにして、別のことを論議している。

 共産党に助けを求める失業者は現在も続いているそうだ。だが、失業者を救う論議は盛り上がっていない。

 朝日新聞の記事の大きな役割が理解できた。


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