菊池和子写真展      2009年4月15日

 今日から菊池和子写真展「筋ジストロフィーの慎大郎君の日々」が始まった。

     菊池 和子プロフィール

 1945年  中国石門市(現石家荘)生まれ
 1968年 東京都公立小学校教諭となる
 1994年 現代写真研究所入所
 2000年 小学校退職
 2001年 写真集「しんちゃん」出版
    写真公募展『視点』にて新人賞受賞
 2002年 ポルトガルに移住
 2005年 写真集『チマチョゴリの歌が聞こえ       る』出版
 2008年 写真集『二十歳になりました』出版
 2008年 日本に帰国

 東京都在住 フリーカメラマン

 展覧会を企画するに際し、菊池さんは次のような言葉を述べている。
 「この写真展を観ていただき、一人でも多くの人に筋ジストロフィーについて知っていただき、ご理解いただきたいということです。地道な働きかけが実を結んで、一日も早く、病気の原因が究明され、治療方法が開発される一助になればと思っています。また、慎大郎君を支えているご家族や地域の人の姿を知っていただき、私が勇気と力をいただいたように、写真を見た人が元気をもらえればこんな嬉しいことはありません。」

 展覧会を開催するようになったのは、藤井醇さんから声をかけられたのがきっかけだった。
 昨年の秋,藤井さんがやってきて「菊池和子さんという写真家が、筋ジストロフィーの子どもの写真を撮っている。先日その写真展を観て心を動かされた。菊池さんはポルトガルに住んでいたが、ご主人を亡くし、最近帰国された。じめじめしたところのないさっぱりとした女性なので一度と会って見ないか」と話した。

 筋ジストロフィーについては、かつて下伊那の先輩北林正さんの実践記録に心打たれたことがあったので、お会いしたいと思った。一人より何人かで話したほうがいいと思い、数人に声をかけたところ、賛同してくれる人が見つかったので、集まりを計画し「菊池さんを囲む会」をおこなった。

 菊池さんから慎大郎君と加藤さん一家の話を詳しくお聞きし、加藤さんの魅力と菊池さんの魅力に引かれ、写真展をやろうと思うようになった。この日来ていただいた「エコ・ファミリー」の小池さん、「皆神ハウス」の春日さんなども同じ意見であった。できるならばこの機会に菊池さんのスライドトークを、それぞれの場所で行い、多くの人に訴えられればいいということになった。

 当日、藤井さんは仲間の下村さんと一緒にやってきて、飾り付けを手伝ってくれ、以後毎日来館してくれた。

 オープニングのトークは慎大郎君との出会いから始まって、現在までを写真の解説をしながら話してくれた。プロジェクターを使った話なので、写真は大きく写り、だらもが良く理解できたと思う。ここには「エコ・ファミリー」の小池さんや「皆神ハウス」の春日さんも顔を出してくれた。藤井さんの友人でケーナ奏者の吉良さんが駆けつけてケーナの演奏と歌を歌ってくれたのも雰囲気を盛り上げた。

 菊池さんは篠ノ井のホテルに泊まり、毎日20〜30分かけて歩いてやってきた。藤井さん夫妻と下村さんも毎日やってきてお客さんの対応をしてくれた。といっても来館者はわずかだったので、みんなでお茶を飲んで様々な話をしたのだが、これが大変楽しかった。

 17日(金)に今か今かと待っている中を慎大郎君がやってきた。「これから家を出る」「高速に乗った」「昼食を食べている」と刻々と電話によって状況が分かったので、私たちは体調に対する不安はほとんどなく、期待だけが大きくなっていた。
 彼の姿は写真のとおりだった。お父さんとお母さんも予想したとおりで、初対面のようではなかった。

 私はこの日のために手料理を作って待っていたので、美術館の食堂で食べてもらった。ちょうどワインもあったので乾杯もできた。慎太郎君は手術をして口から食べられるようになったと思っていたが、それは一部で鼻からの管による補給も必要なようだった。鼻から55センチの管を胃袋まで通しての栄養補給は大変であることがよくわかった。

 その夜は長野のホテルに泊まって翌日やってきた慎大郎君は前日より活発になっていた。長野では「御開帳中の善光寺を見てきた」とお母さんは大変嬉しそうだった。とても親切な人に出会い、車椅子を押してくれたり、美味しい食堂を教えてくれたり、ほとんど付きっ切りで世話をしてくれたと大感激していた。

 この日のトークは慎大郎君の横で菊池さんが話してくれたので、実感がこもり、話は一段と盛り上がった。
 トークが終わった後で娘が別の催しの練習でピアノを弾いたところ,それを聞きたいといって慎大郎君が近くに行った。上手く弾けなかったけれど、それなりに満足してもらったようだった。ピアノに合わせて慎大郎君の指が動いているのを見て感動した。お母さんは足の指もリズムをとっているのを知らせてくれた。

 不十分では会ったが、今回の展覧会は学ぶところの多い会だった。
 


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