大江健三郎講演を聞いて    2009年4月29日

 憲法九条県民過半数署名委員会主催の講演会があった。県民文化会館が立錐の余地がないほどの人でうずまった。私がついたのは開会30分前だったが、既に椅子席は満席で通路に腰を下ろすのが精一杯だった。

 開会に先立ち、呼びかけ人の櫻井佐七さん、親里千津子さん、佐々木都さん、市川英彦さんから挨拶があった。桜井さんは現在の情勢に触れた後、間もなく行われる総選挙で政権交代を果たそうという訴えをされた。親里さんは地上戦の中で肉親を失ったことを訴えられ、なんとしても九条を守ることを訴えた。佐々木さんは鉢巻にもんぺ姿で登壇され、戦時中の女学生はこの格好だったと話してくれた。

 大江さんは当日の午前中高校生と行った懇談会の様子から話し始めた。いくつかの質問をされたが、一番答えやすかったのは「あなたはノーベル賞を貰うことを予想していましたか?」というもので、「いいえ」でおわった(笑い)という。そのとき、大江さんは質問が出たら答えようと思い、準備していったことがあるといって、そこから話に入った。

 今パレスチナとイスラエルの間で紛争が起こっている。両者は互いに憎しみあっている。アルゼンチン出身のイスラエル人のダニエル・バレンボインというヴァイオリン奏者・指揮者がいるが、彼はサイードというアメリカ国籍のユダヤ人小説家と一緒にウエスト=イースタン・ディヴァンオーケストラをつくった。そのオーケストラはイスラエル人とアラブ諸国の才能ある若い演奏家を集めて夏の間結成するオーケストラである。

 大江さんはこの二人の仲立ちをした経験がある。サイードから大江さんにFAXが届いた。「バレンボイムにFAXを届けてくれ」という内容だった。そこには、ある祝賀会に来席するための道順と時刻表が書いてあった。直接送ると、妨害される危険があったので大江さんに仲介をたのんだのだ。大江さんは奥さんとバレンボイムがいる横浜の会場に行ったが、彼は奥の部屋にいて会えない。二人は外の庭から彼のいる部屋に入り、無事手紙を渡すことが出来た。大江さんの奥さんはとびきりハンサムなバレンボイムからシャンパンを勧められ酔いつぶれてしまい、抱えて連れ出したなどという面白いエピソードも聞かせてくれた。

 大江さんの話は加藤周一さんの話を中心に組み立てられていた。

 加藤周一は戦争時代の体験がある。そこで友人が死んで彼は生き残った。それは偶然だった。戦争直後には広島に行って原爆の調査をした。それらの経験の中から、「戦争は二度としてはならない」という強い思いをもつようになった。九条の会をつくったのは、そのような思いがあったからだ。

 
 私はドイツのベルリン自由大学で講義をしたことがある。この学校には勉強が趣味で学んでいる学生がいる。年も私ぐらいだった。彼は私に、「10年前加藤に教わった。彼はウイットがあって実に豊かな人だった」と話してくれた。ユーモアがあるということは、相手の言いたいことを充分に理解し、それに的確に応対する中で生まれる。加藤さんはどこの国の人と話す時も、誰と話す時も常に相手の言葉を理解しようとした。そのうえで自分の主張をした。実に、暖かでウイットに富んだ人であった。そこを忘れて外国語だけを習得しようとしても、それでは外国人と充分意志を伝え合うことは出来ないだろう。

 加藤さんは国際人でいろんな国の人とつき合っていたが、今の外国語教育について、必ずしも賛成していなかった。彼が常に「相手の話す内容を完全に理解すること。その上で自分のいいたいことをはっきりと伝えることである。そして、自分がつねに不十分であることを自覚することだ。」といっていたのは、加藤さんがご自身について、そのように思っていたからに違いない。

 私は、加藤さんのこの言葉は若者に対する最良の助言だと思う。

 加藤さんの代表的な仕事に『日本文学史序説』がある。この本は数ヶ国語に翻訳され、日本文化を知るためのテキストとして広く世界で読まれているが、彼は日本の古典から現代に到る広くて深い学識を示している。たとえば、今から1000年以前の空海が中国語で中国の詩を分類し、体系化し、そこから詩論(「文鏡秘府論」)を展開しているが、その詩論は現在の中国の学者が研究し、研究書が数冊出されているほどである。私が中国のある席で加藤さんの空海についての話をしたところ、最近私にその研究書を贈ってくれた。いま、その本を中国研究者のどなたかに差し上げようと思っている。

 大江さんは加藤さん独特の言い回しについても少し触れていた。それが長所でもあり短所でもあるかも知れないという言い方で話していたのだが、たとえば空海の『文鏡秘府論』について「詩法の体系として、これほど包括的なものが、中国にもあらわれなかったことはすでにいった。ホラティウスからボワロオに到る西洋の詩論も、到底これに及ばない」と述べたり、『竹取物語』について「その文学的才能に到っては、空想的な物語の枠組みと個々の状景の鋭く現実的な描写との際立った組み合わせ(ほとんど西洋近代の、たとえばE・AポウやE・T・A・をさえ思わせるところの)に、実に鮮やかにあらわれていて、疑いの余地がない。」などをさしていたのではないかと思った。

 『日本文学史序説』は大江健三郎で終わっているが、


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