政治の争点と選挙の争点   2009年7月2日

 総選挙が近づきあわただしい動きが始まっている。いまの騒動は麻生政権の末期症状とでも言えばよいのか、自・公政権の終末現象とでも言えばいいのか分からないが、無残な様相を示している。

 麻生総理は就任してから時間の経過と共に支持率を下げているが、いつも「解散は私の専決事項ですから、その時期は私が判断して決めます」といい続けてきた。だが、そういっている間に任期があと2ヵ月後に迫ってきてしまった。任期が近づいたのに人気が上がらないので、「自民党の役員人事を決めなおす」とか「空白になっている閣僚をきめる」とか言って、大騒ぎしている。

 民主党は前の党首小沢一郎が政治献金問題(ただし、逮捕容疑は違法献金ではなく献金の記載ミス)で秘書が逮捕され、自らも党首を辞任した。ところが、今度は新しい党首の鳩山由紀夫の匿名献金問題(匿名だが、ふたを開けてみれば自分が出した金だった)が浮上した。つい先日「今後は献金については厳密に対処したい」といったばかりなのに、いざ献金疑惑が浮上したとたん「説明責任を果たした」だとか「鳩山党首の説明を聞いて納得した」などといっている。企業献金については自民党も二階大臣・与謝野大臣・細田官房長官(こちらは違法献金だが逮捕される様子はない)はじめ民主党以上の疑惑があるのではないだろうか。ともあれ、この間の事情により、両党ともに企業から膨大な企業献金を受けていることが改めて明らかになった。

 ということは、いろいろ政策の違いを言ってみたところで、根本は大企業依存の政党であるからその政策に大きな違いがない。「憲法を変えるか、変えないか」「安保条約(日米地位協定)を認めるか認めないか」「思いやり予算を認めるか認めないか」「消費税を上げるか、あげないか」「製造業への派遣労働を禁止するか、しないか」「小選挙区制度を認めるか、認めないか」「日本の農家を守り、農業の振興を図るかどうか」など平和、民主主義、人権・生活の根幹に係る問題についてはニュアンスのちがいはあるものの、両党は同じである。

 消費税を上げる時期の違い、自衛隊を海外派兵する名目の違い、小選挙区制の徹底の仕方の違い、、高速道路料金の割引率の違い、農家に対する金のばら撒き方の違い、公務員の削減率の違いなど、どれをとっても制度上の根幹に係る問題ではない。根幹は同じであって、両党とも、「消費税は上げる」「海外派兵は認める」(憲法は変える)「小選挙区制度は進める」「農業の自由化は認める」のだ。

 消費税を増やすかどうかの世論は恐らく「増やさない」が多いだろう。自衛隊の海外派兵を認めるかどうかの世論も「認めない」が多いのではないだろうか。九条については「変えない」が「かえる」を大幅に上回っている。「小選挙区制度」についても同様で「中選挙区制度」が良いという人は相当いるし、「比例代表をなくすべきだ」という人は少数だと思う。農業を振興し食料自給率をあげる問題も大方の賛同が得られると思う。つまり、一つ一つの政策で争点を出し合えば国民世論の少なくとも半数は私と同じ考えなのである。

 ところが、マスコミは一番の争点には全ほとんど触れないで、政権交代をするかしないかを大きくとりあげ、毎日の紙面をその記事で埋め尽くしている。したがって、政策の違いといっても些細な部分の違いをとりあげるしかなく、献金問題をはじめとするスキャンダル合戦の様相さえ見せている。つまり、今度の総選挙で問われている国民大多数が抱える争点と実際の選挙で争われる争点(マスコミに取り上げられている争点)は全く食い違っているのである。これを見ると、私は腹が立って仕方が無いのだが、世間はそのことをあまり問題にしていない。

 なぜそうなってしまうのだろうかと考えると、根本的な争点を主張する政党の力があまりにも弱いという問題がある。国民世論を二分している大問題が、国会では95:5という大差になっている。だから、国民にとっての大問題が選挙の争点にならないのだ。上記のような政策を持っている国会議員はわずか5%しかいない。政党では共産党と社民党しかないのである。

 このような「国民世論と国会世論の乖離はなぜおこったのであろうか。マスコミの世論操作があることは分かっているが、すべてをそれに帰すことはできない。私はこの責任のかなりの部分は社民党と共産党にあると思っている。憲法を守り国民生活を安定させようという人の多くは「自民党では駄目だし、民主党もそれほど替わり映えしない。だが、一度政権をとらせてみて、その結果を見てみようではないか」といっている。彼らはたとえ民主党が政権をとっても自民党政治と大幅に変わるとは思っていない。だが、共産党や社民党の議席が増えるよりは少しは政策の変化があると思っているようだ。

 まず、政策で言えば両党ともに憲法を守ることをうたっている。もちろん自衛隊の海外派兵には反対している。消費税の増税にも反対であるし、大企業優先の労働者派遣法の製造業への適用廃止を求めている。社会保障費の削減や医療費の削減にも反対している。選挙制度では比例代表の縮小や廃止には強く反対している。
 両党について言うならば、政党が違うのだから一致しない政策があるのは当然だが、一致する部分と比べるとわずかに見える。
 政策の基本においてこれだけ一致点があるにもかかわらず、なぜ選挙協力が出来ないのだろうか。選挙協力といかなくとも、一致した行動が進まないのだろうか。それどころか両党は選挙になれば同じ選挙区にお互いが候補者を立てて争っているのだ。

 地方の首長選をみると自公推薦候補に民主党、社民党が相乗りをして共産党推薦候補と闘う構図がしばしばみられる。これは政策より反共優先ではないか。「自分の主張している政策と反対の政策を主張している政党でも反共であれば協力する」というのでは自分を攻撃しているのとかわらない。要は、当選しさえすれば政策など何でも良いのだ、といっているのと同じである。このような行動を見て「社民党は敵と手を組んでいるではないか、だから彼らの主張はにせものだ」と主張するのが共産党である。これを見て「共産党はいろいろ上手いことを言っても、結局は党勢拡大が目的なのだ」とか「共産党は最終的には相手を攻撃する独善的な党だ」と主張する人も多い。

 このパターンは最近始まったものではない。ずっと同じ主張が続いているので憲法を守ることを大切に考えている国民の多くは、「またか」と思っている。そして、両党共に多くの国民の共感を得られない。

 共産党の第8回中央委員会総会の決議を見ると「自公も民主も、日本の進路についての「旗印」をしめせない」といっていますが、同じ願いの国民が願いを実現する道を示していないと思います。それどころか「何とか政権交代をさせたい」と願っている人を味方につけることも出来ないように思うのです。これをなんとかしなければ、今の状況をかえることは出来ないだろう。


BACK NEXT 通信一覧