長野市長選   2009年10月6日

 長野市長選が迫っている。10月18日告示、25日投票だ。
 市長選を巡っていろいろな動きがある。

 最初に鷲沢現市長が立候補を表明した。
 次に「わくわく!ながの」(野池さんたちのグループ)が高野登さんを推し、10月2日に立候補を表明した。 民主党の態度が注目されていたが、高野さんを推さないとのことだった。

 総選挙で躍進した民主党は、選挙直後「長野市長選には対立候補を擁立する」(北沢俊美)と宣言したので、注目していたが、その時は具体的な候補者はおらず、「公募して決めたい」と言っていた。民主党県議の高島陽子さんが立候補するといううわさもあったので、どうなることかと思っていたが、それは無いということだった。民主党に自薦六十数名、他薦数名が名乗りを上げたという記事が新聞に載ったが、具体的な名前は分からず、日がすぎていった。それ以後、市民グループの推している高野登氏と北沢俊美氏が東京で話し合い合意できたかのような報道もされたが、最終的には推さないことにしたようである。
 
 民主党は最後に長野市議補選に立候補する準備をしていた小林計正氏を推すことになったが、いかにも不透明・不自然な経過だった。これについては、さまざまな意見がある。

1、もともと民主党は鷲沢与党であったから、本音は鷲沢を勝たせたいのだ。長野県の民主党は淺川ダ  ム建設を推進し、田中康男知事と敵対していたのだが、全国の面子もあるので、立候補だけはさせるが、 本当は鷲沢に勝たせたいのだろう。

2、県議の高島陽子氏なら勝てるので擁立したかったが、彼女に断られたので公募した。が、思わしい人 が居なかったので、苦し紛れに自薦だけでなく他薦候補として鷲沢や高野も名簿に挙げたようだ。

3、小林氏はもともと体制派のひとで市政を改革することなど考えられないのだが、あえて擁立したのは  民主党の面子があるからだろう。もともとの小林計正氏は鷲沢与党(体制べったり)の人なのだから、あ えて市政を変革することなど考えてはいなかったはずだ。市議補選のときの公約をみても「行政の経験 を生かす」とか「地域の活性化をはかる」とか「行政とのかけはしになる」と訴えていた。これを見ても市  政刷新ではなく現市政継続勢力であることは明らかだ。

 わたしが「わくわく!ながの」の幹部に聞いた話では、若干の妥協をしても民主党の支持を得ることについては彼ら(「わくわく!ながの」)もそれを願っていたのだが、民主党との話し合いで高野氏は「市民本位の立場をくずすつもりは無いので、政党とは距離を置きたい」という立場を崩さず「金も出すし人も出すからわが陣営から立候補しないか」という誘いを断ったそうである。これには「わくわく!ながの」の幹部も驚いて「今度の問題で一番ぶれないのが候補者本人だった」と言っていた。

 誘いに乗れば勝利する可能性がきわめて大きい事が分かっているのに、「市民本位」の立場を堅持してぶれない候補者はそういるものではない。ましてや、飛ぶ鳥を落とす勢いのある民主党の誘いである。この話を聞いてわたしは「凄い人がいるものだ」と感動した。

 後になって聞いたのだが、「みんなの会」も市政刷新を願う候補者を探していて、高野さんもその一人と考えていたが、出来うるならば民主党が推薦し、「みんなの会」も推薦するということにしたかったようである。

 市長選が三つ巴になったことを一番喜んだのは鷲沢氏で、「三人の候補者が出たのは、対決色が弱まるので喜ばしい」としゃべっていたが、本音は「これで俺も安泰だ」という思いだったにちがいない。

 民主党の小林推薦については、田中康夫落しに躍起になっていた「追撃コラム」というブログも以下のように書いている。

         長野市長選・キングメーカー気取りの北沢防衛相
           県職OB市議補選候補を無理やり市長選に

 行方が見えなかった民主党長野の長野市長選候補選びに決着がついた。元県職員の小林計正氏(61)を擁立する方針を固めた─と5日になってからマスコミが散発的に流し始めた。

 小林氏は長野市入山出身で長野高卒業後、1967年に県職員に。県教委体育課長、北安曇地方事務所長、商工参事などを務め、昨年3月に定年退職したあと、長野県信用保証協会常勤監事に再就職していた。

 選挙に出るような人とは思われていなくて、小林氏をよく知る県職員OBも驚いている。10月1日までは長野市長選(18日告示・25日投開票)と同時に行われる市議補選に出馬予定だったが、2日になって市長選に方向転換したようだ。市議補選にはほかに2人の出馬が噂されている。

 小林氏の出身の入山地区は人口も少ない市のはずれ。市議補選に出ても当選する見込みがあると思ってる人は少ない。近所の人でも市議選出馬の挨拶もされていないという。それが一転して市長選に出馬するというのだから驚きだ。

 市長選候補がいなくて焦っていた民主党長野と、市議補選に出馬準備していたものの当選見込みもない小林氏の共通の利益が合致した結果だろうか。だがこれは市民不在のマイナスの選択だ。市民の間からは失笑がもれている。小林氏にしてみれば同じ落選するのでも市長選の方が格が上という見方もある。

 小林氏は長野県庁の旧体制の中で着々と公務員人生を歩んできた。それが田中知事の出現で一時期ラインから弾き飛ばされるようなかたちになった人でもある。

 改革を唱える民主党が首長に推すようなタイプの人ではない。これでは民主党中央から大物が応援に来ても有権者の歓心は得られないだろうし、小物にスケールダウンする可能性もある。

 それにしてもこの混乱の元となった北沢県連代表の態度はどうだろう。まるでキングメーカー気取りではないか。民主党が政権を取れたのは有権者の一票一票が重なった結果だ。なにも北沢氏が偉いわけではない。それを勘違いし、民意を忘れて面子だけで行動しているように見える。

 こうなると公募応募者の中に適任者がいなかったというのは怪しくなる。どういう基準で選んでいたのか外部からはまったくわからないブラックボックスだ。開かれたやり方とはいえない。もしかすると適任者がいたが北沢氏らの目に適わなかっただけかもしれない。
公募応募者を審査する人も何割かは公募すべきではないだろうか。そもそも公募時期が市長選の直前すぎた。総選挙前にすれば総選挙の勝ちムードを煽ることにもなって相乗効果が得られたはずだが、民主党長野にはそれぐ
らいの知恵もないのだろうか。
 
 高野さんについてはインターネットで調べていくらかは知っていたが、会ったことは勿論、間接的にも話を聞いたことがなかった。そこで、先日(9月16日)にひとミュージアムへお招きして話をお聞きした。その時は民主党との関係は分からなかったし、「みんなの会」との関係もはっきりしていなかった。

 話の内容は、自分がホテルマンとしてどのように歩んできたか、ひとの能力をどのようにして引き出すかということを経験の中から話してくれた。参加者の中からは「選挙が目前に迫っているのだから、もっとはっきりとした公約を明らかにしなければダメだ」という声があったが、それについては彼は何も言わなかった。わたしは高野氏の人柄や教育力については信頼が置けると思った。

 選挙は恐ろしいもので、いくら人柄がよく、政策がよくて、能力のある候補者でも勝つとはいえないことは、今までの選挙の中で、いやというほど経験してきた。だが、一度風が起きると、それまで相手にされない候補者でも一気に躍り出る可能性もあることもたくさん見てきた。今後の流れを見守りたい。


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