マスコミの世論形成とその責任     2010年4月25日

 世論はマスコミによって形成される。少なくともそのかなり多くの部分が形成される。これは今も昔もそうだった。だが、以前と比べ、最近はその影響が大きくなったことは間違いないだろう。

 とくにそのことが顕著ないくつかの例をあげてみると
 ・北朝鮮へ拉致された家族が帰国してから国中が反北朝鮮で沸き返ったが、この時マスコミの果たした役割は大きかった。
 ・イラクへ行ってボランティア活動をしていた高遠菜穂子さんら三人がつかまった時の反応も「被害者たたき」一色に染まったが、この時も被害者家族の声の数秒間(自衛隊のイラク派兵批判)を繰り返し放映したのがきっかけになった。会見のほとんどは肉親を思う言葉や支援のお願いだったが、その言葉は最初一回放映されたきりだった)
 ・小泉改革の時はさらにすごく、日本中が熱病にうかされたように「改革、改革」と大騒ぎしたが、これをあおったのがマスコミだった。
 
 北朝鮮拉致問題は「救う会」「家族会」が北朝鮮制裁論を繰り返し、政府、マスコミともに制裁一色の大合唱が長期間続いたが、拉致問題の解決の糸口さえも見えていない。
 高遠さんらは「自己責任」を問われ、敵に囲まれたような状態で帰ってきた。その人たちを周り中でたたきにたたいた。彼ら及びその家族は表を歩くことさえできないような状態に追い込まれた。
 小泉改革は日本中を格差社会にし極少数の大金持ちと大量の貧困者を生み出した。

 北朝鮮が国として犯罪を犯したのは事実で許されるべきではない。だが、拉致ということに関して言うならば、日本はかつて朝鮮から無数の人を拉致している。松代の大本営建設には数千人の朝鮮人が現場で仕事をし、その中のかなりの数の人は拉致されてきた。
 以前も書いたが、私は拉致された本人から直接その時の様子を聞いた。一人は貨物列車の中に膝を抱えぎっしりと座らされ、長時間動くことができない中で大小便垂れ流しで連れてこられたという。もう一人は、夫婦で畑仕事をしているところにトラックに乗った日本人と朝鮮人の役人が止まり、彼を抱えてトラックに乗せて妻の見ている前で日本に連れてこられたという。抵抗した彼と妻は蹴り倒され、泣いてトラックを追いかける妻のことを話した男はたまらすに、私の前で大声で泣いた。松本に朝鮮人学校ができる直前のことである。
 だが、被害家族の声をニュースのたびごとに放映したテレビは、これらの歴史事実をこれっぽっちも知らせなかった。知らなかったのではなく熟知していたにも関わらず黙っていたのである。そのため、多くの国民は被害者家族の苦しみは知っても、同じ苦しみをしている朝鮮人がその数百倍数千倍もいることは知らないままで朝鮮非難の大合唱が起きた。そして、その結果は拉致問題の解決の糸口なしである。マスコミはこの責任をどう取るつもりなのか。
 マスコミが前に述べたような事実を数分の一でも報道してくれたならば、日本の世論はかなり違ったものになったはずである
 
 高遠さんはイラクで医療活動のボランティアをしていた。医薬品を病院へ届けたりしただけでなく、イラク人がお互いに憎しみ合うことをやめさせようとし、敵の負傷者をも助けるよう主張して現地の若者と激論しながら活動していた。
 郡山さんはフリーカメラマンとしてイラクを取材していた。それは長井健司さんがミャンマーでデモを撮影したのと同じ行為であり、村本さんがタイで取材したのとも同じだった。だが、郡山さんはマスコミにさんざんたたかれもみくちゃにされた。彼らに対する非難・攻撃はおよそ同胞に対するものとは思えなかった。「自己責任だから国が助けなくても当然だ」「お前たちはそれでも日本人か」「かかった費用は返せ」等々であった。
 この時も、もし、マスコミが高遠さんの活動や郡山さんの活動を丁寧に調べ報道していれば世論はあのようには展開しなかったと思う。
 マスコミ(特にテレビ)は数十時間の取材テープのうちから自分の意図に合った数分・数秒のカットを繰り返し繰り返し流すので、視聴者は事実とまったく異なった印象を持ってしまうのだ。それが激流のような世論を作り出し、今度はその世論に媚びて報道する。

 小泉郵政改革選挙の時、マスコミは「改革万歳」だった。小泉改革についての多くの批判は当時からあった。小泉が唱える「改革」というのは強者に対する規制、弱者を守る規制をなくすことであることは当時から言われていた。郵政に例をとるならば、それまで3部門(金融、保険、郵政)を一括していたことにより赤字部門を支えていたのを民営化・分割して独立させた。そのことにより郵便局は統合され、不便な場所にあった郵便局はなくなった。
 労働者派遣法によりそれまで当たり前だった正社員は減少し派遣労働者が激増した。派遣労働を禁止する規制をなくした結果である。その結果、雇用は不安定になり、賃金は下がり、国民の購買力は低下した。当然のことながら不景気になった。だが、奥田などの小泉ブレーンの率いる企業は規制緩和の答申をして規制を撤廃させ、そこに参入して大儲けした。

  いま、マスコミは民主党を猛烈な勢いで叩いている。そのために内閣支持率は急落している。攻撃の矛先は小沢と鳩山の金の問題であり、もうひとつは普天間基地移転問題である。金の問題についてはうなずける点も多いが基地問題は全く納得できない。
 曰く「鳩山は沖縄から基地を県外・国外に移したいと言っているが、見通しがあるのか。アメリカは納得せず、怒っている」「鳩山の評判はアメリカでは大変悪い」また「基地の県内受け入れを認めるところなどないのは分かっているのに沖縄に理解を示すようなポーズをとっている」と主張し、「見通しのない移転発言をしているのはけしからん」と言っている。

 ではマスコミは基地をどうしたらよいと主張しているのだろうか。マスコミは「こうせよ」とは直接は言わないが、「沖縄県民の苦しみはよくわかる」「県外移転は無理だ」「国外移転もアメリカが承知しないから無理だ」と言っている。これらのマスコミ発言をまとめると「沖縄県民の苦しみはよくわかるが、基地の県外・国外移転は無理だから県内の辺野古に移転し、これからも苦しんでくれ」ということではないのか。
 マスコミ発言を総合すればそうなるのだが、彼らはそうはっきりと言わないで、もっぱら攻撃しているのみである。

 日本は卑弥呼の邪馬台国(2世紀〜)以来20世紀まで、外国に国全体または国の一部を占領されたことはなかった。だが、1941年に無謀な戦争を仕掛け、1945年破れて連合軍に占領されて以来、1950年に独立してからも、国の一部は60年以上の長きにわたってアメリカの占領状態(警察権が及ばない、裁判権もない)におかれている。米兵は犯罪を犯しても基地に逃げ込めば日本の警察は捕まえることができない。軍用機が町に落ちても日本の警察や消防は飛行機を運んだり調べることはできないのだ。いまだにこのような占領状態に置かれている基地を75%置いているのが沖縄である。
 
 やり方は拙劣だったかもしれないが、鳩山はその沖縄から基地を移したいと考えていた。私はその姿勢を支持したい。日本人である限り、日本が占領状態でいることは一刻も早くやめたいのではないのか。また、基地を置かれた苦しみを沖縄だけが受け持っていることの不当性も理解できるのではないか。もし、そうであるならば「基地をなくせ」という沖縄の声を支え共に声を上げることが望ましいと思うのだ。アメリカが基地の国外移転に反対することは初めから分かっていたことだ。
 本来ならば、国外撤去に反対のアメリカをどうやって説得するかを主張しなければならないのがマスコミの役割なのだ。ところがマスコミはその反対に県外移転・国外移転を言っている鳩山を攻撃し、「基地の県外移転・国外移転」批判の世論を必死で作っている。情けないことである。
 


BACK NEXT 通信一覧