菅政権発足と世論   2010年6月27日

 鳩山政権が倒れて菅直人が新総理になった。

 菅は市民派だと言われており、詳しいことは知らないが、彼は市川房江のもとで育ってきたといわれている。これまでの彼の主張は民主党の中では比較的リベラルでわたしは好ましい政治家だと思ってきた。たとえば、「普天間基地は沖縄から撤去させる」、「派遣労働は製造業から排除する」、「従属的だった日米関係を対等にし、アジアの諸国との友好関係を構築する」等々。

 ところが、総理大臣になってみると、わたしが思っていたのとは大きく違った政策を次々に打ち出した。1、消費税を10%に値上げする 2、普天間基地は沖縄の辺野古に移転する(アメリカとの同盟関係を強固なものにする) 3、国会議員の定数を削減する(比例区) 4、法人税を減税する、さらに、閣僚の発言を見ると、5、憲法調査会を再開する等々であり、今迄自民党がやろうとしてできなかったものを含め極めてひどい政策を実現しようとしていることが次第に分かってきた。

 ところが、この菅直人政権の支持がV字型に上昇した。なぜか?

 鳩山政権は金の問題と基地問題でつまづいた。

 マスコミは連日政治と金のことを書きたてた。金の問題は、母親からもらっていた金(政治資金)を報告していなかったというものであり、微罪である。金をもらって入札の情報を流したとか、天下りのルートをつくったというのとは意味が違う。われわれの想像するのと額がケタ違いということはあるが、親からもらった金の使い道を報告していなかったという程度の問題がなぜあれ程騒がれたのか理解できなかったし、今でも理解できない。
 
 普天間の基地問題は大きな問題だったが、当初鳩山は海外移転を目指し、悪くても県外移転と言っていた。ということは、それを目指していた事は間違いない。だが、マスコミはその言葉尻をとらえて、「そんなことができるのか」「アメリカが承知しないぞ」と袋叩きにした。悪いことにその約束に彼は9月という期限を付けたので、マスコミは嵩にかかって迫ってきたのだ。

 また、民主党の閣僚たちがそれぞれ普天間問題について見解を公表したことがある。北沢、前原らはいずれも鳩山とは根本的に違う解決方向をマスコミに発表した。いずれも辺野古移転を想定した鳩山案とは全く違うもので、自民党案と似たものだった。その点で鳩山の人事がミスだっと思うし、それが民主党の正体だったいうことかもしれない。

 マスコミ主導の世論と右派閣僚(官僚主導)に追い詰められ鳩山は辞任した。

 鳩山を追い詰めていったのは内閣支持率の低下である。低下させたのは主としてマスコミである。マスコミは上記のような批判の大合唱をして世論をリードし、内閣支持率を押し下げた。

 鳩山は二つの点で誤認したと思う。一点は「小沢と組めば閣僚たちは鳩山・小沢ラインに同調する」と思っていたが、実際はそうならなかった。二つ目は「オバマに基地問題を訴えれば彼は普天間基地移転(グァム移転)に理解を示すだろう」と思っていた。ところがそうならなかった。アメリカに対する読みが甘かったのと党内の統制力不足が重なって基地問題で挫折し、あのような見苦しい結末になってしまった。

 もう一点鳩山内閣支持率を下げたのは小沢一郎との関係である。マスコミは「民主党は小沢一郎に牛耳られている」「小沢は独栽者で鳩山は小沢の言うなりになっている繰り人形だ」という批判があった。これも繰り返し繰り返しキャンペーンを張られた。これが事実かどうかはわからないが、小沢秘書の逮捕と相俟ってマスコミは反小沢のイメージ作りには成功した。

 さて、わたしの本題はこれからである。

 鳩山政権ノーを示した世論は、鳩山が普天間基地を沖縄から県外・国外に移転させることに失敗し、日米間で辺野古移転の合意をしたからだった。まともに考えれば鳩山にノーと言った人は「普天間基地の辺野古移転合意に反対」だと思うのだが、辺野古移転を公言している菅内閣はV字型に支持された。

 一つは世論とはかくも曖昧で、流れやすいものであるということだ。

 では世論はなぜこのように変化したのだろうか。

 マスコミが「鳩山は沖縄県民の期待を裏切って、アメリカの言いなりになってしまったが、菅総理もアメリカ言いなりの政策を踏襲するぞ」と書けば世論はV字回復にならなかったはずだ。だが、マスコミは「菅内閣は小沢色を一掃する人事を進めている」と書いた。そのことにより一気に菅総理万歳に変化した。見事な世論操作である。

 この世論操作がなぜ成功したのだろうか。
 


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