加藤周一はなぜ入信したか   2010年8月24日

加藤周一は死の直前にカトリックの洗礼を受けたということを知り、驚いたが、「そうかもしれない」という思いもあった。
 ほんの数年前まで「神を信仰していない」と言っていた加藤が、なぜカトリックに入信したのか。


 はじめに私自身を説明しますと、ここに出ていらっしゃるのはキリスト教の方と仏教各派の方ですが、私は仏教徒でもキリスト教徒でも特別の宗教的信念に燃えていることがない、あるいは信者になりたいと思っているかもしれないけれども、信者ではない現代日本人の一人ということになります。(京都・宗教系大学院連合設立記念講演「異なる宗教間の対話200617) 

加藤周一がどの宗教も信じていないことは多くの人し知られていたので、この事実は周囲の人を驚かせた。例えば小説家の は次のように述べている。

 昨年(2008)125日加藤周一さんが召天されたあと、ご葬儀がカトリック上野毛教会で行われたと信者の方から聞き、にわかには信じられなかった

 私の知る範囲では、これまでこのことについてさまざまな推測がされている。例えば前記小比木氏は「賭け」ではないかといっているし、「羊の歌」にある母親のカトリック信仰の影響ではないかという説もある。
 私は、加藤周一が敗戦直後アメリカ軍と合同で行った「原子爆弾影響合同調査団」の活動に対する思いがあったからではないかと推測している。
 加藤は上記調査について『続羊の歌』で次のように述べている。すなわち私は、黙って東京へ帰るか、留って広島の「症例」を観察するか、そのどちらかを選ぶほかはなかった。広島の「症例」ではなく、広島の人間を眼の前にして、私には言うこともなく、また為ることもなく、そもそもそこに長く留まる理由もなかった。私は留った。故に人間を症例に還元し実験室の仕事に専心したのである。

 加藤は広島に行き原爆被害者と会い、被害の症状や、被爆した時の状況を聴き取り調査した。だが、その行為は被爆者の願いとは違ったものであることを意識していた。被爆者の願いはいうまでもなく治療であった。


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