長野市民会館 建て替えについて     2010年10月9日

 市庁舎と同時に市民会館の建て替えも行われようとしている。
 長野市民会館は1961年に建てられた。私の大学四年の時だ。出来たばかりの市民会館に入り立派な会館が出来たことに驚いたことを覚えている。
 この建て物は佐藤武夫という有名な建築家(大隈講堂の設計者)が作った建物で、日本建築の中でコンクリート打ち放しの先鞭をつけた建物だそうだ。外観もユニークで当時から好きなデザインだった。
 建造物は絵画や彫刻とちがい、私たちが使用するものだから、我々のなかで美術品という認識が極めて弱い。しかし、本当は実用面と同時に美術品としての側面も持っていることはギリシャ建築や法隆寺などの寺院建築をみればよく分る。ところが今現在使っている建物となると,とかくその実用面にだけ目がいって、美術品としての側面は忘れられてしまうような気がする。
 長野市は以前から野外彫刻を重視してきた。市民は公共建築だけでなく、公園や道路わきでいつでも優れた彫刻に接することができる。これは長野市が誇る文化だと思う。優れた建築物や街並みも、その大きさや景観から見て、彫刻とは別の意味で文化である。しかも彫刻とは比較にならない大きさを持っているので、そのインパクトも大きい。わたしは、野外彫刻を大切にしている長野市が優れた建築物を壊すのでなく、大切に使い続けることを願っている。

 
 正面入場口  舞台から客席をみる

 町田長治さんの話によれば、ヨーロッパの都市は古い建築物はそのままの形で残すことが義務付けられており、壊して建て替えるという日本の都市の在りようとは全く違っているそうだ。加藤周一さんの書いたものを読むと、ヴェネチアは旧い街と新しい街は分けられており、旧い街の周辺に新しい街が作られているということだ。旧い街は文化財として残すことにより、町の風格が増しているそうである。NHKがかつて放映した「日本その心とかたち」によればドレスデンやベルリンでは古い建物を残すため戦後30年以上経過した現在もつくり続けている姿を映していた。イラク戦争が始まる直前、池澤夏樹と本橋成一のコンビで制作した「イラクの小さな橋」という映画のなかでモスクを修理している職人の姿も強く心に残っている。

 市民会館が取り壊されることになってから建築関係のグループが見学会をしたというニュースがあった。それによると、市民会館のレンガは裏を通っている電車の騒音を防ぐため、二重に埋め込まれ、西側(正面入り口)のブロックは西日を防ぐためはめ込まれたのだそうだ。私はこの会館が大変美しいので、デザインの美しさに魅かれていたのだが、実用の必要から工夫されたものだと知り、一段と感心した。

 最近、市民会館は使う人には大変評判が悪い。使い勝手が悪いのだという。例えば、女性用トイレが不足して休憩時間には長蛇の列になる、舞台が狭い、空調の調子が悪い,,バリアフリー対応になっていない、楽屋が不足している、練習室がない,リハーサル室がない等々である。
 私は建築の専門家でないので、これらの欠陥をどれだけ改善できるかは分らない。しかし、全く改善出来ないことはないはずだ。現在は座席数が1800ほどだが、これを減らして1000席ぐらいにすれば、舞台関係を増設したり、バリアフリー対応の工事はできるのではないだろうか。専門家の援助を求めてみるまらば相当のことはできるにちがいない。

 長野市のつくった資料によると、市民会館を耐震補強し、リニューアルすると44,1億円かかると書いてある。そして「耐震改修すると費用対効果を考えると建て替えが良い」と結論付けている。この数字は坪あたり250万円を超えているので高すぎるようにも思えるが、それでも「建て替え」にかかる費用139億円とくらべれば遥かに安い。

 建て替えるにしろ、耐震改修にしろ、あるいは壊すにしろ、細かなデータを公表・検討し、多くの専門家を始め市民の意見を聞いた上で判断することが大切ではないだろうか。


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