魯迅に送った子どもの版画    2011年1月20日

 1月末に東御市の深町修司さんから来信があり、「和光学園の江渡さんを連れて1月30日の会に参加する」と言ってきた。1月30日は「友の会例会」で川上冬崖についての話をしてもらうことななっていた。だが、江渡さんはこの話を聞くことが目的ではなく、最近行った中国での話をしたいということであった。

 友の会は午後だったが、深町さん、江渡さんらは10時にやってきた。

 江渡さんが勤務しているのは和光学園大学である。この大学ができる前は和光学園という中・高校だったような気がする。和光学園は成城学園のあと、同じ理念に基づいてつくられた学校で、自由主義的な校風の学校だった。つまり江渡さんが勤務している和光学園はかつて内山嘉吉が勤めていた成城学園の後継ぎ学校なのだ。
 
 江渡さんは昨年中国へ旅行し魯迅博物館を訪れた。そのとき魯迅と内山嘉吉の関係の話になり、彼が和光学園の教師であることを話し、内山嘉吉が魯迅に送った子どもの版画を見せてもらった。版画は地下倉庫に大切の保存され今迄他人には見せたことがなかった作品であったが、彼が内山嘉吉と同じ系統の学校に勤めていることを知り、見せてもらったのだそうだ。それだけでなく、版画のコピーもしてくれた。

 コピーされた版画はかなりの数だったが、一枚の大きさは小さかった。
チューリップと犬(10×15) 箱(7×11) 風車、人、犬(4×6)

 内山嘉吉が中国で版画講習会を行ったのは1931年である。嘉吉は兄の完造のところに遊びに行って魯迅と会った。成城学園の教え子から来た暑中見舞いのはがきに版画が彫られていたので、嘉吉が完造たちに版画の作り方を教えていた。そこに魯迅が来て「中国の美術学生に版画の手ほどきをしてくれ」と頼んだところから始まり、中国で最初の版画講習会が開かれた。そこには若い美術学生13名が集まり、6日間にわたる講習が行われた。13人の学生はその期間中一人も休まなかったという。

中国最初の版画講習会(中央は魯迅・その左内山嘉吉

内山嘉吉が魯迅に送った子どもの版画は1931年だが、この頃日本の学校では版画を教えていなかった。成城学園という自由主義的な私立の学校だから出来た仕事であった。従って日本の学校にはこのような版画はない。上田の神川小学校で行われた「自由画教育」(山本鼎が提唱して行われたユニークな教育実践)でも版画はなかった。そういうことを考えても今回の版画は極めて貴重なものなのだ。その作品を見ることができたのは大変ありがたい経験だった。


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