前代未聞の不祥事か  大相撲  2011年2月8日
 
 今年の春場所大相撲が中止されることになった。原因は八百長相撲が行われたことがはっきりしたからだ。
 新聞やテレビは連日「前代未聞の不祥事だ」と言っているが、果してそうか?
 私はそうは思わない。
 
 八百長があることははるか以前からたびたび言われてきた。
 『週刊現代』などは八百長相撲について大々的に書き、宣伝した。ところが、これに怒った相撲協会は名誉棄損で訴え、最高裁判所は相撲協会に軍配を上げた。だが、相撲の世界に八百長がないなどと思っている人はほとんどいないのではないか。

 今回明らかになった賭けは(八百長)たまたまメールのやり取りがバレたのだが、八百長や賭けごとは先輩から教わっていたにちがいない。一人でばくちはできない。何人かのグループがあって初めて可能になる。八百長も先輩から後輩に綿々と受け継がれてきたのだろう。

 八百長だけではない。「いじめ」や「しごき」も同じである。
 たしか、新入りの力士が殺された時も「前代未聞の不祥事」といったような気がする。あの時は「しごき」によって一人の力士が死亡し、その死を不審に思った親がそれを問題にしたからいじめやしごきの実態が表面化した。
 相撲社会にいじめやしごきがあるのは昔からであり、おそらく今までには何人もの力士が死んでいるのではないかと思う。ただ、今までは力士が死んでも親方から「病気で死んだ」とか「打ち所が悪くて死んだ」という報告と、なにがしかの見舞金をもらって泣き寝入りしていたのだろう。
 なぜなら、たとえそれを疑ってもいじめによって殺されたことを立証することは出来ないからだ。『週刊現代』があれだけ闘っても、相撲協会は隠し続け、裁判所はそれを追認したのである。それを一介の庶民が告発したとしてもどうにもならないのだ。しかも、相撲世界は暴力団ともつながっているのだから、告発などすれば命が危ない。とてもできるものではない。

 今回告発が可能になったのは、以前より訴訟がし易くなったこと、一部マスコミが味方したこと、医学が発達し、原因調査ができたことなど社会的条件が整ってきたことがある。

 以前にも書いたが、「前代未聞の不祥事」などというのは的外れもはなはだしい。「前代未聞」なのは今回の八百長事件ではなくて、大騒ぎのしかたが前代未聞なのである。
 私は、今回八百長や賭けごと(野球賭博)が分った力士は気の毒だと思っている。いままで散々に行ってきた先輩力士は、八百長や賭けごとが問題になった時には嘘をついてくぐりぬけてきたのに、今回はそれが出来ず、最終的には厳しい処分が下されるからである。大騒ぎするのはいただけないし、気の毒ではあっても、法律違反はいくら閉鎖社会の中にしても処分されるしかないだろう。

 大体「相撲」はスポーツといえるのだろうか。スポーツはスポーツでもプロレスなどと同じ仲間ではないのか。それを国技だなどというからおかしくなるのだ。仰々しく日の丸を掲げるのは右翼暴力団そっくりだ。そういえば、暴力団との付き合いもずっと続いてきた。その意味では相撲は「興業」である。見物客は升席に坐り、酒を酌み交わしながら見物するのだから、「おたのしみ」なのである。またそれでいいのではないだろうか。それを国技だなどというからおかしくなるのだ。

 大体、外人が最高の地位にいて続く力士も外人ばかりで何が「国技」か。チャンチャラおかしいではないか。「国技」などと言わず「相撲」で十分なのだ。そして大きな力士の闘いを楽しめばそれで十分ではないか、と私は思う。

 


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