全員一致の危うさ         2012年12月9日

総選挙が始まった。共産党は第5回中央委員会総会で得票目標650万票、議席倍増という目標を全員一致で決定した。この目標を聞いたとき私は「そんな目標を立てて大丈夫なのだろうか」と思った。

なぜならば、これまでも共産党の政策は多くの国民の願いと共通していた。私の思いともほとんど同じだった。地域の何人かと話しても保守の人も含め、政策では共感できることが多かった。その政策を書いたビラは全戸に配布されていたので、読もうと思えば誰でも読むことができた。また、共産党の名前は知らない人はいないから、おおよその政策を有権者は知っていたと思う。

ところが、選挙になってみると共産党はあまり伸びないのだ。というより、次第に票を減らしてきている。

   1996 2000    2003  2005  2009
 議席数  24 20  9  9  9 
比例得票%   12.55 11.23  7.76  7.25  7.03 

2000・01 2003・04 2005・07 2009・10
衆議選得票 672万 459万 492万 494万
参議選得票 433万 436万 441万 356万
衆議選得票率 11,2% 7,8% 7,3% 7,0%
参議選得票率 7,9% 7,8% 7,5% 6,1%

第5回中央委員会の文書を読んでみても、党勢拡大の大運動と結びつけた点を除けば、過去の文書とそれほど大きな違いは見られない(「尖閣問題での主張」、「一点共闘の前進」などは目新しいが、今までの中央委員会総会の文書にもその時々の新しさはあった)。それだけでなく、3中総(20117月)で提起された党勢拡大運動の結果は、「新入党者2万人、赤旗日刊紙−1541、日曜版−2813」と書かれていた。

この実情の中で果して議席倍増ができると思っているのか疑問であった。それは提案する側も、提案を受けて賛成した中央委員も含めてである。本当は「これは無理ではないか」「できれば良いが、できそうもない」と思っていた中央委員がかなりいたと思うのである。

加藤周一は日本人の特徴として「集団主義」があると言い続けた。それはある場面では効率的で力を発揮するが、別の面では「異った意見を排除する」ことも多い。これは「村八分」や「いじめ」のような、物理的な排除も含まれているが、むしろ自主規制して周囲に同調することが多いことを含んでいる。「周りの空気に従う」というのがそれである。この「集団主義」は共産党のなかにも存在している。不可能だと思っても「出来ない」と言わない、反対であっても「異を唱えない」と思わざるを得ないのだ。

全党が集中して取り組んだ党勢拡大運動の結果が機関紙拡大マイナスになっているが、この時の決定も、たしか全員一致で決まったはずだ。全員一致で実行すると決まった決定が、実行できなかっただけでなく、後退したのである。このように「決めても出来ない」まま、「次の決定をした」としても、またしても決定が守られないことになる可能性は大きい。そんなことはおそらく多くの中央委員もわかっていたはずだ。

総選挙が終わると翌日の赤旗新聞に選挙の結果についての常任幹部会の短い声明が載る。2000年以来、注意して読んでいるのだが、ほぼ同じパターンが繰り返されてきた。

1、選挙結果は○○であった。奮闘された皆さんに感謝すると同時に、残念な結果になったことをお詫びする。

2、我々はこの選挙を対して○○のような方針で闘った。この政策は国民から支持されていた。

3、にもかかわらず、今回の選挙で国民の支持が得られなかったのは、マスコミの大宣伝や反共謀略ビラなどで、国民の関心がほかの政党にいって、共産党の得票に結びつかなかったことにある。

4、それは我が党の勢力小さくて、マスコミ宣伝を打ち破り、国民の多くに我々の主張が浸透するにいたらなかったことに根本原因がある。

5、従って、我が党は今後も公約実現のため奮闘するのはもちろんだが、党の勢力を伸ばし、党の力をつけるため頑張るものである。

いつも同じパターンだったので、私は見ないでもその内容を言えるようになっている。そして、この声明を基本にした総括が行われたのだが、内容が大きく変化したことはなかった。これでいくと、これからも、方針は今までどおりで、一番弱かった党勢拡大をやろう、ということになる。

そして、この総括ならば、これからも永遠に続けられる総括になるだろう。

 今回の選挙の結果がどうなるかはわからないが、もし、議席2倍化(または増加)すれば私の書いたことは間違っており、自分の考えを大幅に修正しなければならないが、目標が達成できず、議席が減るようなことになれば、私の書いたような声明が出される可能性がある。それどころか「3中総で決めた党勢拡大の方針が達成できなかったことが負けた原因だ」などと書かれる可能性さえもある。だが、それは前に書いた「声明」を更に拡大しただけであり、混迷(虚構体質)は更に深まるに違いない。

 今まで述べてきた選挙方針は全員一致で決められてきたし、総括も全員一致で決められてきた。ということは選挙方針(に限らないが)に異論を唱える人はひとりもいなかったということである。これは一見するととても良いことで、全党が一枚岩で団結しているように見えるのだが、必ずしもそうなっていないのが現状である。反対することはないけれど、決まったことをやりきるつもりがないという人がかなりいる。というよりそういう人のほうが多いのだ。こういう現況があるにもかかわらず、中央委員会はいつも全員一致で方針を決めている。だから、いくら決めても決めたことが出来ないということになる。その繰り返しが延々と続いているように思えてならない。

「多数意見と少数意見が並立し、多数決で方針を決定する」場合は決定までの過程で両論ともに内容が深められる。また、決定された方針で活動し、成功しなかった(失敗した)ときは、それに代わる方針を少数意見の中に見出すことも可能である。ところが、提案から決定に至るまですべてが全員一致ならば、方針が間違ったとしても、それに代わる方針がどこにも存在しないということになる。そこで、その方針は最後の最後になるまで変更できず、どうにもならないくらいの打撃を受けてしまう。

だが、本当に異論がないのかというと、そんなことはない。「共産党という名前を変えたらどうだ」「他の護憲勢力と手を結ぶべきだ」「どうして他の野党と選挙協力をしないのか」「すべての小選挙区での立候補はしない方が良い」「選挙一本で大衆闘争への取り組みが弱い」「議員請負で住民と共に闘うことが少ない」などの意見はたくさん聞こえるが、いざ正式の会議での発言にそのような意見は反映されない。

異見があるにもかかわらず、会議で異見が出ないのは、中央委員や代議員の中に異見を持つ人がいないこともその原因だと思うが、それだけではないだろう。異見を言ってもそれが通る見通しがないことが大きいのではないだろうか。議論して通らないのではなく、議論の俎上に上がらないか圧倒的な多数意見の中で孤立してしまうことが予想されるから、異見を述べないで沈黙しているのだろう。発言はしないが行動もしない、という人が増えているように見える。

 中央委員会なり党大会に異論が出され、討議され、それが公表されて多くの支部で検討されるならば、方針はもっと豊かなものになるのではないだろうか。いつも全員一致では選択の余地がない。ということは方針を修正し、方向転換することが不可能だということである。

 このままでは共産党の未来は危ない!


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