父親対象教育講座 1      1月25日
 (ユニークな加瀬流教育が語られ、実に面白かったのだが、父親が少なかったのが残念)

 後期の教育講座は父親を主な対象とした講座にした。
 子どもの教育について父親の姿勢はある意味で決定的であるような気がしたからである。子どもの教育については普段接触する時間が多い母親の影響が大きいと思われがちであるが、そうでないことは問題行動を起こす家庭の父親像や優れた才能を発揮している人物の家庭のあり方を見れば明らかである。

 母親の影響は日常の生活やしつけであるが、父親の影響は戦略的・長期的な見通しにあるように思う。もちろん、これがすべてではないしその反対の場合もあるが、大雑把に見ると当てはまるのではないか。
 日常の些細なことだけに目が行き大きな方向を考えないと子育てもうまくいかない。とかく父親も母親も長い見通しを持たずに細かな注意だけしながら子育てをしているように思っているので、この講座では長い見通しを持つことの意味を考えて行きたい。

 私が加瀬清志さんを講師に依頼したのは『信州人のホンネ』という最近出版された本を読み、そこに信州教育について書かれた項があったからである。「長野県は教育県だと思いますか」に対し「はい」は僅か7%であるといことや「長野県は教育県だと県外の人に言われたことがある」が65%という数字から様々なことを考察していたのが大変示唆に富んでいたのでお願いした。

 加瀬さんの話は私の予想に反して加瀬さんご自身の子育てについての話であった。これが実に面白く、期待したよりはるかに有意義なものであった。


 その概略を書いてみる。

 1、私は今から14年前に東京から長野県に引っ越してきた。
 子どもを東京以外の場所で育てたいと思ったからである。それも寒い土地でなければならなかった。寒い土地で暮らすということは身体的にも精神的にも「耐える」ことを身につけることが出来る。暖かい土地で育つとのんびりとするが、忍耐力は育たないだろう。

 次に引っ越す場所を妻と次の5つの条件を考えた。
@ 耳鼻咽喉科の医者が近くにいるところ
    東京から長野に越して来た人の何人かが寒さで鼻をやられたり中耳炎になって引き返し     た例を知っていたので、これを考えた。内科はあるが耳鼻咽喉科はないところが多い。
A 本屋・図書館が近くにあるところ
B 公園があるところ
C 水辺がありほっとできる場所があるところ
D 同年輩の子どもがいるところ
 現在住んでいる場所は大体この条件を満たしているが、水辺があると思ったところが、実際は遊べるようなところではなく、危険な貯水池であったという思い違いもあった。

 2、学校は何をするところか
 私は「学校は子どもが自分の好きなものを見つけることを援助するところ」だと思っている。
 もうひとつの任務は「子どもが社会に適応するためのルールとマナーを身につけさせるところ」である。

 では子どもはどうしたら「好きなものを見つけ出すことが出来る」だろうか。
 @ 見る(見せる)
 A 触る
 B 繰り返す(分類する)
 C 他人に見せる
 D 評価を受ける
この五段階を経て子どもは自分の好きなものを見出していく。子どもだけでなくわれわれ大人もこの段階を経て成長していくのだと思う。これは人生でもある。

  うちの子供は小さい時「蛙」が大好きだった。薬屋へ行くと「ケロヨン」のおもちゃがありそれをほしがって沢山集めた。集めた蛙を触って抱いて過ごしていた。色も形も同じもので、私が見ると全部同じに見えるのだが、長男は蛙に名前をつけて全部見分けることが出来るようになった。保育園祭りにその蛙を並べて、お客さんに選ばせてその名前を当てて見せ人気を博した。この段階は先の順番と対応している。
 小学4年生になったとき長男は突然蛙を集めるのをやめてミニ四駆を集め始めた。

 3、人生は目標を持ってこそ楽しいが、目標は漠然としたものでなく日付がある。
 
私の現在の目標は「2006年7月17日(海の日)に佐久でサザンオールスターズのライブをすることだ。佐久の臼田は日本で海から一番遠い町である。その「海から一番遠い町」で「海の日」に「海に近いバンド」のライブをやりたいと思っている。

 ここに風変わりなカレンダーがある。このカレンダーは100年カレンダーと言って1921年から2020年までの100年が入っている。このカレンダーのことが昨日の読売新聞(夕刊)に大きく載った。(こちらでは今朝の朝刊に)
 夕べからうちの電話はなりっぱなしだ。夕べだけで300通がかかってきたが、たぶん今日もかかりっぱなしだろう。受話器を受け取って少し話をするのだが、話しているうちに次の電話がかかってくる。私も次々に話すのだが、それが面白い。こんな人がいた。
 「このカレンダーにはうちの家族4世代がすべて入る。私は以前からこのようなカレンダーがないものかと捜していたところ、今日の新聞でカレンダーの記事を見つけとても喜んでいる。カレンダーに大正10年から4世代の家族すべての誕生日にピンを刺してみるのだ。近いうちに4世代全員を集めピンを刺したカレンダーを広げその前で写真を撮ろうと思う」
 これを聞いて私もすっかり嬉しくなり
「もしあなたの夢が実現出来たなら、是非その写真を私に送ってください。私もそのような記念になるカレンダーが作れたことをが嬉しいし、喜びなのだ」
といったところ受話器の向うで相手は涙声になっていた。自分だけでなく私までが喜んだことがよほど嬉しかったのだろう。幸せとはそういうことではないか。自分が喜び、他人を喜ばせるほどの幸せはない。
 私たちは他人に喜んでもらうために生きているのではないだろうか。私はそれこそが幸せというものだと思っている。


 このほか「松井秀とイチローの違い」についてなど興味ある話をされ、出席者には満足していただけた。


 BACK  NEXT  通信一覧