指揮者の左手    5年5月27日

長野合唱団の定期演奏会に行ってきた。
合唱団の常任指揮者は渡辺亨則さんだ。今日は客演指揮者として工藤俊幸さんがヒロシマの歌を指揮した。娘が後で言っていたように指揮者が変わったとたんうたごえが変わった。声の大きさもはるかに大きくなった。そこで指揮を良く見た。じっと見ているだけでは分からないので、左手・右手を別々に集中して観察した。

 工藤さんの指揮はあまり大きくはない。むしろ小さく振っている。渡辺さんのほうがはるかに大きく振っているのだが、出てくる音は工藤さんのほうが大きいのだ。なぜなのだろう。
 じっと観察しているうちに、左手の使い方が大きく違っていることに気がついた。

 工藤さんは右手で拍を刻み、同時に強さを指示している。左手は表情を指示しているように見えた。動作は小さいのだが左手はいつも何かを表現し、指示している。「ソプラノ小さく」「ここは弾んで」「ゆったり流れるように」と左手が動いている。それは後ろから見ていても良く分かる。
 右手は音の大きさを振りの大きさで表現し、拍をしっかりと刻んでいるのが特徴だ。振り方は単純で大げさでないが、分かりやすい。
 これと似た指揮をどこかで見たなあ。あっそうだ、梨本先生だ。あの先生の指揮もまことに地味で、イチニッサン、イチニッサンと三角に振っているように見えたのだが、子どもの口から出る声は美しく表情豊かだった。するとあの先生も左手で表情を指示していたのか、と改めて気がついた。

 渡辺さんの場合、右手が大きく振られ声の大きさと拍だけでなく表情までも指示しているように見えた。左手はその右手を補助しているだけで独自の動きはわずかなのだ。だから、歌う側は右手を頼りに歌うしかない。一本の手で三つの指示をしているので、どうしても指示があいまいで不徹底になってしまう。
 その上声の大きさの指示もほとんど大きく振っているため、大小のコントラストが弱くなり、平板になる。いつも小さく振っている工藤さんの場合は、大きく振るときが少ないため、そこではためた音がダーっと出てきたように見えた。


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