松本市訪問    7月27日

 最近何回か松本市を訪問した。

 一回目は靖国神社への合祀取り消し訴訟」をされた角田三郎さんの講演を聴くためで、二回目はチェチェン紛争についての話を聞くためだった。
 靖国神社については小泉首相の参拝問題で中国・韓国から抗議され、外交が行き詰まっていることが最近話題になっているが、それ以前から「平和を願う宗教者の会」などで取り上げられ関心があった。チェチェン問題もモスクワの劇場占拠事件や学校人質事件を通してロシアのやり方に疑問を持っており聞きたかった。


角田さんは牧師さんで「キリスト者遺族の会」を主宰されている方で、日本で最初に親族の「靖国神社合祀抹消要求」(1969)をされた方である。角田さんたちが主張されていることは1975年の戦没者遺族宣言に明らかなので、以下に載せてみる。

 わたくしたちは愛するものを失った戦没者遺族として、1969年以来靖国神社法案に反対して立ち上がり、「私たちの愛するものは英霊でない」「戦争への参加は偉業でない」と訴え続け、信仰と良心の自由を守り、、過去の戦争が天皇の名によって宣戦され、愛するものは天皇の名の下に殺されたことを忘れず、その責任を追及するものとして、、、、靖国神社が天皇信仰によって支えられ、天皇の軍隊のみを選別合祀した人間差別と抑圧の支柱であったことを忘れません。
 わたしたちは、戦没者が、アジアの隣国に対する日本の侵略戦争に参加し、多数の隣人を殺害した加害者であったことを忘れず、深い悲しみと悔恨の心をもって、再び、このようなことをくり返さないように、民族宗教の枠を越えた遺族による新しい運動を展開する決意を表明します、、、、
1975年8月15日                      キリスト者遺族の会


角田さんたちの要求に対し靖国神社宮司は「天皇陛下が祀れといわれたから祀り、祀るなといわれたから祀らない。あなた方が祀れ、祀るなといわれてもそういうわけにはいかない」と対応されたそうだ。祀られた神は天皇に従属した下位の神とされている。

 角田さんの話は主として彼の生い立ちから思想形成までの自伝を中心にしたものであった。


[チェチェンで何が起こっているか・松本集会」 7月23日 pm6:30〜9:30  松本市中央公民館

 報告1  大富 亮 (チェチェンニュース 発行人)
  大富さんの報告はチェチェンの基礎知識ということで、チェチェンの大まかな歴史と現状について話した。
  
その見出しを書いてみると
 ・ 20万人が犠牲となったチェチェン戦争 
     チェチェンはカスピ海と黒海の間にあり、岩手県ぐらいの大きさである。
     人種も言語もロシアとは異なる。1991年ロシアからの独立を宣言したが、ロシアはこれを     認めず2度にわたる戦争になり20万人が死んだ。全人口が70万人だから4分の1以上が     戦争で死んでいる。
 ・チェチェン戦争の理由 (石油資源、ロシアの政治状況が戦争を必要としていた)
     石油が生産されることやバクー油田からのパイプラインが通過していることからロシアはこ     の地を押さえておきたい土地である。また、プーチンが世論の支持を得るために必要だっ     た。
 ・強制移住
     1944年2月 チェチェン人とイングーシ人が即日のうちにカザフスタンに移住させられた。      50万人いたチェチェン人は移住先から戻ったときは半数に減っていた。
 ・第1時チェチェン戦争
     1991年ソ連崩壊のとき多くの連邦構成国が独立を宣言したが、同国も独立を宣言した。      ロシアはこれを認めず第1次チェチェン戦争が起きた。この戦争は1996年休戦になり、独      立は2001年まで先送りされた。
 ・戦間期
     1997年欧州安全保障機構などの監視の下に大統領選挙が行われマスハドフ氏が大統      領に選出された。
 ・第2次チェチェン戦争
     1999年ロシアがチェチェンへ侵攻し第2次チェチェン戦争がおきた。首都グロズヌイは爆撃     のためほとんど廃墟になっている。
 ・ジェノサイド
     いま最も憂慮されるのはロシア軍によるチェチェン市民に対する人権抑圧とジェノサイドで     ある。これは「掃討作戦」と呼ばれており、ロシア側が「テロリストを匿っている」と判断した     村落を包囲し、住民のうち10歳から60歳代にいたる男性をすべて拘束して尋問を加え、      場合によっては逮捕者の多数を殺害するというものである。
 ・誘拐について
     チェチェンにおける最大の問題のひとつは誘拐事件である。     
 ・「テロとの戦い」の文脈におけるチェチェン問題
     チェチェンを対テロ戦争の一部に位置づけることで、重度の人権侵害に対する欧米からの      批判をかわしている。
 ・マスハドフ政権
     マスハドフ政権はロシア政府に対し和平交渉を呼びかけており、アメリカ政府やOSCE、欧     州評議会などが、「チェチェン紛争の政治的解決」をロシアに要求する場合、その交渉相      手は第一にマスハドフを指すが、2005年3月9日、ロシア軍特殊部隊に暗殺された。

  林 克明 (ジャーナリスト)
  林さんは信濃毎日新聞チェチェンの事情を連載していたので知っていたが、精悍な顔をしたジャーナリストである。

 旧ソ連の秘密警察出身のプーチンが国民の支持を得るために起こしたのがチェチェン戦争だともいえる。彼はそれまでの実績は何もなかった。その彼が国民の支持を得るために敵を作りそこと戦う必要があった。そのためにチェチェンは絶好のターゲットだった。
 第2次チェチェン戦争の前にロシアではアパートが2度にわたって爆破された。その日のうちに「これはチェチェンのテロリストの仕業だ」とされ,チェチェン人はテロリストだという思いを植えつけた。そういうことの後でチェチェン戦争が始まった。

 以上は二つの集会の概要である。
 
 このような集会が松本ではしょっちゅう開かれているが、長野ではなかなか開かれない。なぜなのだろう。

 一番は人の問題だと思う。
 松本にはこのような会を開こうとする人が何人かいるようだ。私も含め長野にも関心のある人間はいるのだが、数が少ない。あるいはいるのかもしれないが、個人であるためまとまった計画が出来ない。その点松本はグループがあるのが強みだと思う。
 
 二番目は公民館の存在である。中央公民館が借りられてそこで多彩な催しが出来るのはうらやましい限りだ。


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