母の変化     7月14日(金)

 母は現在90歳で、間もなく91歳になる。身体は丈夫で特に病気は無い。年のせいで耳が聞こえにくくなっていることと、足が弱くなり、家の周りを歩くのがやっとだが、これは仕方が無いことかも知れない。食欲は旺盛で、毎食きちんと食べている。好みは甘いものと魚や肉である。

 だが、最近(この一ヶ月ぐらい前から)言動や行動が大きく変わり始めた。毎週2回お世話になっているデイサービスセンターに行くとき、服を6〜7枚重ねて着ていった。かばんには上着が2枚入っていた。センターのほうでもおかしいと思ったのか、途中で電話がかかってきた。「そんなに着なくてもいいよ」といっても「寒い」と言って聞かない。「今は7月で夏なんだよ。みんな半そででしょう」と言うのだが、 「私は熱が高いから寒いんだ」と言ってきかず、やっとのことで5枚にするのが精一杯だった。部屋の中では今も暖房がついている。

 母は服の着あわせがうまかった。茶系統のスカートやブラウスを着て歩いているところはとてもおしゃれで美しかった。そんな母が、半そでと長袖のシャツを重ねた上にだぶだぶの青いブラウスを着、その上に茶色の半そでブラウスを重ねて更にグレーの毛糸のチョッキを着て、上着を2枚上に重ね、半オーバーを着て来たのでびっくりした。7月はじめ、気温26度の朝である。
 
 部屋に行ってみると中にシャツやブラウスが数十枚所狭しと広がっている。たぶん、たんすから全部出して広げたのだろう。翌日になるとそのシャツを洗濯する。山のようなシャツ類のほとんどは着てないのだが、洗濯機に放り込んで洗っている。
 これを見て私たちは驚いた。「いよいよ、服を着るところから管理しなければならなくなったか」という思いをしているが、それでもまだ「おばあちゃん、シャツはそんなに出さなくていいんだよ」と繰り返し言って気づかせようとしているが、翌朝は部屋の中がシャツやブラウスでいっぱいになっている。

 食べものは甘いものを大変好んでいる。毎朝ヨーグルトを食べるのだが、大匙2杯のヨーグルトの中に山盛りの砂糖を小さじ2杯入れ、ジャムを小さじ3杯入れて食べる。血糖値が高く甘いものがわずかしか食べられない妻は、それを見て嫌な顔をしているが私は「そんなに気になるならーそんなに甘いものを食べると長生きしないよーと言ったらどうだ」といって笑っている。

 昔はそうでもなかったのだが数年前から食事の好みが変わり始めた。
 辛いものを食べなくなった。特におろしやカレーを「辛い、辛い」と言い始めるようになった。そこでカレーのときは「バーモンドカレー甘口」にし、おろしは各自が取るようにした。ところが一月ほど前からこれが変わってきた。今日などはかなり辛味をきかせた由子特製のカレーをパンにたっぷりつけて食べていた。それだけでなく、カレーだけをスプーンですくって食べていた。

 食欲は大いにある。昨年中は食欲が無くてご飯は小さな茶碗に軽くもって食べていた。ふつうに盛るとわざわざ席を立ってお釜に半分戻すこともあった。パンは薄切りを一枚を半分に切って食べていた。
 最近は、パンの1枚は変わらないが、付け合せたものは他の者と全く変わらず食べている。食後バナナ1本ぐらいはぺろりと食べるし、続けて大福やケーキを食べても平気だ。

 母は昔から負けん気が強くがんばり屋だった。そして、プライドが高かった。プライドの基にあるのは自分の生家に対する誇りと自分の学校時代の成績であるように思える。そのプライドを支えにして、戦後の時期を女手一つで乗り切ってきた。私はまだ幼年時代だったがそのころの家の様子をところどころ鮮やかに思い出すことが出来る。

 だが、そのことが現在の母を苦しめているかに見える。常に人に一目置かれ、人に助言したり支えてきた母は、ひとから援助されたり、哀れに思われたりすることには耐えられないのだ。

 母には趣味と言うものが無い。歌うことや踊ることは以前から好まなかったし、絵を描くことや書をたしなむことも無かった。お茶やお華も嗜んだことはあったようだが、この家にきてからは全くやったことが無いようだ。はじめは、家族の雰囲気がそれをさせなかったし、戦争が始まるころからはそれどころではなかったのである。戦後は一家の生活を自分の腕一本で支えるため、その余裕はなかった。

 趣味があれば自分の時間をその世界に没入して過ごすことが出来るだろうが、趣味が無いので毎日十数時間をじっと廊下に腰掛けて庭を見ながら過ごしている。その姿は外から見ると異様である。
 数年前までは一日の大半は本を読んだり畑の野菜いじりをしていたが、メニエル氏病を患ってからは本を読むことが出来なくなり、読むのをやめた。そしてテレビを見るようになった。水戸黄門や暴れん坊将軍などの時代劇を見る日が続いたが、今はテレビを見ることはほとんどなくなり、ぼんやりと庭を見ることが多くなった。
 数ヶ月前までは、古着を解いて雑巾を作ったりすることを楽しみにしているように見えたのだが、今はやりたくないといっている。

 いよいよ私たちも覚悟を決めて世話をしなければならなくなったようである。
 


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