大日山美術館訪問         7月15日

 栃木県小山市にある大日山美術館を訪問しました。この美術館は当館で現在展示している小口一郎さんの版画を集め、展示している個人美術館です。道路からわずか入ったところにある木造の民家を改修して作品を展示していました。

 訪問する前美術館と連絡を取ったのですが、そのとき対応されたのは篠崎清次さんという方でした。美術館のホームページにもこの名前が書いてあり、日程の打ち合わせのときも篠崎と話したので、私は篠崎さんが館長だとばかり思っていました。
 着いてみると、なんだか様子が変です。年配のおじいさんが出てこられましたが、篠崎さんにしては私が名乗っても反応がありません。そこで、訪問の意図をお話して、小口一郎さんの版画についておはなしを伺いたいとお願いしました。

 改めて自己紹介したところ、先ほど対応されたのは松沼正一さんといってこの美術館の館長さんで、篠崎さんは館長さんの娘婿であることがわかりました。
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館長  松沼正一さん 大日山美術館内部


 あいにく現在展示している作品は小口一郎のものではありませんでしたが、2階には小口さんの小品が何点か飾られていました。その作品を見ておやっと思ったのは、多色刷りの作品がほとんどだったことです。足尾鉱毒問題を主題とした三部作はすべてモノクロ作品だったので、小口一郎版画というとモノクロだと思い込んでいたので意外に感じたのです。
 「小口一郎はもともとは油絵作家だったので、色彩をつけるのが本来の作品でした」とのことでした。

2階 展示室 展示室の小口作品

 一通り見学してから畳の部屋に招かれお茶をご馳走になりながら、お話を伺いました。
 小口一郎さんとは長いお付き合いがあり、この美術館に作品がほとんどすべて収蔵されているとのことでした。館長さんの話では「野に叫ぶ人々」のオリジナルは一部しかないということでした。「ひとミュージアムでー鉱毒に追われてーのオリジナル作品展をしている」とお話したところ、オリジナル作品が他にあったことが意外におもわれていたようでした。お話を聞きながら、小口一郎の作品が極めて小部数しか摺られていないことがわかりました。

 ひとミュージアムの作品は北海道の景川弘道さんから寄贈されたものですからそのことをお話ししましたが、小口一郎さんの作品がどのような経緯で景川さんのところにあったのかは私も知りませんので、後で調べたいと思います。小口一郎さんも景川弘道さんも「版画運動協会」の会員でしたから、なにかの折に北海道の開拓地に近い北見市の景川さんの手にわたったのでしょう。

 私が長野県から来たというので親しみを持ってくださったようにみえたのは、館長さんは戦争末期長野県の追分で地下壕を掘った経験があるからのようでした。松代地下壕でなく追分でも地下壕が掘られていたということは知らなかったので、これについても知りたかったのですが、時間が無く聞くことが出来ませんでした。
 
 


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